第4話 / 花の影を追う

 死んだように残りの春休みを過ごし、迎えた入学式当日。

結局あの後、いつも絡んでいたメンバーと一緒に参加できないことを知って、なんのやる気も起きなくなった。

だから、他の人とは入学式に一緒に行く約束を結ばなかった。

 ずっとできなかったトモダチ。

やっとできたトモダチだったから、大事にしたかった。

オレのエゴでしかないけど、どうしても譲れなかった。

みんなみんな優しくて、こんなオレの話もいっぱい聞いてくれたから。

遊ぶ約束だってたくさんたくさんしてくれていたんだから。

 特に俺によくしてくれたのは、来島きじまらく

愛称、らっくー。

くだらないおやじギャグばかり言っている変な奴だが、面白くてオレは好きだ。

 ……そんなことを言っても一緒に参加できないなら、意味はない。

そういえば、両親もこの入学式の時に面識を持ったらしい。



 ――その日は快晴、雲一つない青空が新たな門出を象徴しているかのようだった。

満開の桜は宙を舞い、優しく私たちを包み込む。

一瞬、風が強く吹いた。

ビューっと物凄い音を立てて、その風は私をよろめかせた。

思わず地面の方に手を出すと、急に体が軽くなる感覚。

顔を見上げると、そこには知らない男子の顔があった。


(この人が倒れる前に支えてくれた?)


 頭で状況を整理することを試みる。

私はそんなに男子との接点を持たない生活を送ってきたから、こんなことはもちろん初体験だ。


(でも、誰なんだろう?)


 大学生になって、初めての登校。

新品のスーツに身を包んで、場所も人もまるきり変わっている。

この大学に知り合いは同性の子しか知らない。


(てか、今知らない男子に触られてるってこと?)


 男子耐性の低い自分には荷が重すぎる。

会話もデートもしないまま、身体に触れられるなんて!


(え、この人胸触ってない?)


 これが決め手だった。

顔を真っ赤に染め上げ、湯気でも立ちそうな私を前にキョトンとした顔を見せる男子。

とうとう湯水のごとく溢れてくる疑問を処理しきれなくなって、脳みそがショートした。


「あわわわわわ」


 思わず変な声が漏れてしまった。

頭が混乱して何もできないでいると、突然その男子が私に手を伸ばしてきた。

怖くなって目を瞑ると、


「ほら」


 小さく呟かれたその言葉が耳に届く。

おそるおそる開いた目。

その前には、肩についた桜の花びらを取って満足そうにしている男子の姿があった。

ドッと汗腺が開き、慌てて距離を取って、一言。


「……あ、ありがと」


 間違いない。この時すでに私たちの永遠の恋は始まっていた…………なんてね!


 この話は母も特に好きらしく、何回も話しているからよく覚えている。

こんなのだって一定の距離を保って列に並ばなきゃいけなかったり、人との会話を極力避けなければならなかったりとかなら無論無理でしかない。



 その日は誰とも会話することなく、そそくさと家に帰った。

オリエンテーションは明日オンラインで実施するみたいだ。

でも、資料に書いてあることを教授たちがただ喋るだけだろうから、ロクなもんじゃない。

参加するのはめんどくさいから、一日中寝てよう。

もう知ったことじゃない。

てか、八人の中で一人だけ日にちすら違うなんて、本当にツいてない。

 オレは三日間の中の一日目で、他のメンバーは皆二日目、三日目に固まっていた。 桜は連日の夏のような暑さで、先に開花し散ってしまった。

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