第3話 / 地獄を覗いた日
入学式二週間前。
それは突然の一報で、オレを地獄へと突き落とした。
――新型コロナウイルスの蔓延防止のため、入学式もとい対面での授業全面禁止。
これほどしんどくなったことがあっただろうか。
対面でなきゃ、本当の大学生活なんてないに等しい。
リアルで話さなきゃ、ホンモノの楽しさなんて味わえない。
データじゃなく、その質量が欲しいんだ。
字面だけなんかじゃわかんない。
大学のトモダチがグループチャットで会話している。
もうここのところずっと対面禁止やオンラインのことで話が持ち切りだ。
……あーあ、つまんない。
こんな話聞いても楽しくない。
時々振られる話題に適当に返答して、時間を削る。
オレは小学校、中学校、高校と、教室でワイワイ騒いでいる人たちの姿を目で追うことしかできなかった。
大きな声、突き合わされる顔、上下左右に楽し気に揺れる両の腕。
その空気は、オレを知らんぷりして纏わりつく。
圧し潰されて顔も上がらず、ただ茫然と時間を味わわせる。
あっち側は幸せそうで、尊かった。
手を伸ばしたかった。
でも、塾の課題が、学校の課題が、テスト勉強がって、そんなこと言ってたら自然と足は自席に根を張り視線は机に固定された。
あの輪に入れたらって、呪いのように思いながら必死にノートを黒く染めていた。
憧れの両親の充実は対面の上で成り立っていた。
まるで少女漫画みたいなベタなものだったけど、オレには十分すぎるほどに眩しかった。
ある日の図書館、少し高くに置かれた本を手に取ろうとしてお互いの手が触れ、熱が伝わる。
少しの声が漏れ、赤面するなんて考えただけでもぞわっとする。
それでいてむずがゆくて、なんともたまらない。
小さいころから、自分にそんなことが起こることを妄想して悶えたりもしていた気がする。
講義でわからない所を教えあったり、お互いの部屋でお泊りデートなんかしてみたり……。
そんなのだって、対面があってこそのものだ。
何もオンラインで起こるロマンスなんて思い浮かばないから、対面のない大学生活なんてオレには必要ない。
そして、数日。吉報がやってきた。
――入学式のみ対面で実施する。
この言葉を待っていた。
ずっとずっと待ち望んでいたんだ。
しかし、ここで一つの見落としに気付く。
――三日間のうちに、計十回に分けての開催の運びとなった。
その文言を確認して数舜。
すぐさまグループチャットに入学式が何番目になったかと投稿する。
皆次々と自分の番号を打ち込んでいく。
自分を抜いて全部で七人分。
一人たりとも見逃してたまるもんか。
目玉を画面に縫い付け、その吹き出しを全力で追っていく。
違う。違う。違う。違う。
もう四人。あと三人しかいない。
ドッドッドッド。
鼓動はどんどん加速していく。
また一人。
違う。
体温が跳ね上がっていくのを肌で感じる。
ダメだ。ダメだ。
オレはもう一人にはなりたくない。
全身から汗がじんわり滲んできた。
また一人。
……違う。
勉強しかない奴なんて言われたくない。
オレにはリアルにちゃんとトモダチがいるんだよ。
縋るような思いで、携帯を強く握り締める。
最後の、一人。
…………違う。
オレと同じ時に行くやつはゼロ。
しかもなんだ。
皆誰かしら一緒の人がいるじゃないか。
静かに、淡々と自分の番号を打ち込んだ。
『お前だけ一人? マジどんまいじゃん』
『うっわ、マジ! お疲れ~』
『せいせい~(泣)俺だったら軽く死ねるわ。道場で同情します(笑)』
……あぁ、もういいよ。期待したオレが馬鹿だったんだ。
くそったれが。
最小のモーションで携帯を投げ飛ばした。
どこかで糸がプツリと切れる音が聞こえた。
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