第3話 再開ノ刻
(なぜ奴らがこんな場所にいるんだ!? ここは坎ノ守の敷地内だぞ?!)
花の疑問に答える者などおらず突然目の前に現れた“餓鬼”は、普通ならば持っているはずの無い刀のようなもので扉へと斬りかかった。
しかしそれは扉を破壊することはなく扉と刃の間に現れた黄色い光の膜によって跳ね返され、その勢いでうしろへ思いきりとばされた餓鬼は再び花の頭上を通って石段の前にある橋の上に着地をした。
すると激しく渦を巻いていた竜巻はみるみる小さくなり次の瞬間には跡形もなく消え去ってしまった。
ようやく目を開けられるようになった花は目をこすり、頭上を通ったものをもう一度確認しようと見る。
目の前にいたのは、紛れもなく餓鬼だった。
(ほんとうにあれは、餓鬼…なのか?)
花を困惑させていたのは、今もまだ消滅せずに存在していることに対してだった。
なぜなら垂迹神住む敷地内では神気を持った者が多くいるため、そのあまりの神気量を含んだ空気に耐えられず、力のない餓鬼であれば足を踏み入れただけで動くことができなくなる。
このことを知っていた花は、垂迹護神のなかでも最も位の高い太陽の神のご加護をうける煌宝家の者が住むこの場所に自ら現れ、そして消滅することなくその場にいつづけていることが信じられなかった。
餓鬼は花の木刀の何倍もの大きさをした錆びだらけの剣をもち、下を向いてぶつぶつと何かを話していた。
よく耳を澄ませると餓鬼は繰り返し「何故、何故」と言っているようだった。
花はまたそこでも、うめき声しか発しないはずの餓鬼が人の言葉を話していることに驚きを隠せなかった。
「ナゼ、ナゼ…ヒトヲヒトヲ……タクサンタベタイ…アアアアアア…ヒトニナリタイ……。ウシクマハヒトニナリタイ……」
己のことを“ウシクマ“と呼ぶその餓鬼は、橋に突き刺さったままだった刀から手を離し、両手で頭を掻きむしりながら狂人のようにそう叫んでいた。
花は目の前で起きていることを必死に自分の中で理解しようとしたが、訳の分からないことを叫ぶ、もはや餓鬼と呼んでいいのかわからない存在を前に足が震え、とっくに地揺れも竜巻もおさまっているというのに立ち上がることができずにいた。
だが、花の存在気づいたそれは叫ぶのをやめ、花のいるほうへとゆっくり顔をむけた。
今までは下を向いておりよく見えなかったが白目の部分はイチョウの葉のようなくすんだ黄色をし、瞳は猫のように細長くて黒く、また耳の先は鹿のようにとんがっていた。
「ヒトナノカ? ヒトノニオイガスル…」
そう言いながらこちらにむかって歩き始めた餓鬼はふたたび剣をもつと、恐ろしい顔でむかってくる。
花は少しでも距離をとろうと石段を這うように登ったが、扉からそれほど離れていなかったためすぐに扉へつかえてしまった。
その間にも着実に近づく餓鬼は徐々に花の存在を認識し、あの恐ろしい形相が花の前に現れた。
そして花の顔にあたりそうなほど己の顔を近づけると、おもむろに匂いを嗅ぎ始める。
だが、すぐに激しく咳をしはじめると苦しそうに口を開いた。
「ヒト…チガウ…チガウ!!」
そう言うと餓鬼は花の胸元を乱暴につかんで横に放り投げる。
「ウッ!」
花は放り投げられたせいで背中を強く打ち少しの間動くことが出来ないでいた。
だが、その間にも扉を壊そうと剣を振るう餓鬼に、危険にさらされようとしているのは扉の向こうにいる杏治と悟り、花は震える足をなんとかおさえ木刀をもって餓鬼と扉の間にはいっていった。
「お、お前は何者だ! なぜここへ来た!」
餓鬼の刀を受け止めてから、まだ数秒しか経っていなかったが、花の腕は既に限界をむかえようとしていた。
餓鬼は刀を振り上げ今までで一番大きな声で叫び、刀を振り上げる。
「アアアアアアアア!!」
たった数秒の間だったが、まるで永遠の時のように場面がゆっくり流れていく。
花は無意識に、心の中で杏治の名前を呼んでいた。
(きょうさま……杏様…!!)
次の瞬間、あたりは光に包まれた。
そして眩しさに目をつむった花の耳には凄まじい音を立てて、何かが壊れる音が聞こえた。
ようやく光がおさまり目を開けたとき、花は目の前の衝撃的な状況に息をのんだ。
なぜなら、決して壊れるはずのない泉天所の扉に大きな穴が開いていて、そしてその目の前には……花の目の前には餓鬼ではない誰かが立っていたから。
幼い頃に言葉を交わしたきり、声も姿も見ることのできなかった彼は、。
花よりも背丈が高く伸び、あの頃よりも色が透き通った髪は沈みかけの太陽の灯りに照らされて黄金のごとく美しい輝きを放っていた。
そう、花の目の前に立っていたのは紛れもなく、十年前に会った、
あの煌宝杏治そのものであった。
杏爛柯 瓢 呂那 @fukuberona
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