演者
「美華、ちょっといい?」
テストが終わり部活動が再開した。
この日、私はまず美華を劇に誘おうと決めていた。美華なら美優を知っているので話が早いと思った。
2人でミーティングルームに移動して「外と中(仮)」の原稿を見せた。
「懐かしいな。どしたのこれ?」
中を見ている美華の表情が変わる。
「これ、美優の字じゃないの?」
美華の顔にはなんで美優の字が書いてあるの、というより、なんで2人が知り合ってるの、という気持ちの方が強く垣間見える。
「その、私、今年の文化祭、部活の方じゃなくて有志の方で出てみようと思ってるの。この演目で」
心臓が激しく脈打つ。美華の返事が待ち遠しい。なんて言われるんだろ、って今日までの期間ずっと想像していた。答えは出なかったけど。
「まぁ絶対部活の方で出ろっていうルールはないし、いいと思うけど部長が出なくていのか?」
1つ目の問題点はそこだった。もし仮に私が部長でも副部長でもなければ、躊躇わず有志を選んでいたと思う。でも私は心に決めている。
「それは、何とかする。私はどうしてもこの劇を披露したいの。……美華にも、出てほしいって思ってる。美優も、望んでた」
何かが気にかかっているという表情で私を見てくる。
「いいけど、演劇部皆誘うの?」
「そのつもり」
「悠里は?」
2人の間に沈黙が流れる。これが2つ目の問題だった。
「……出てほしいけど、悠里は私が美優といる事を否定しそうっていうか。美優がいるなら出ないって言いそうっていうか」
「言うだろうね。……でも、美優がしたいって言うなら私は協力するよ。あの子、あー見えて自分から何かをしたいって言うの珍しいし。それを私に言うんじゃなくて、奈央に言うて事は相当したいってことだろうから」
新しい美優の性格を知った。そして2人がちゃんと友達なのだということも同時に知った。
「香苗はたぶん参加するだろうから。私から言っとく。でも、悠里は奈央から誘いな」
「……わかった」
「もしもし? 美華は参加してくれるって」
『みたいだな! さっき連絡来てさ。集まりそう?』
「……うん。頑張ってみる」
電話を切ったタイミングでメッセージが届く。美華からだった。『香苗も参加するって』あとは悠里だけだ。
「悠里、ちょっといい?」
放課後、悠里をミーティングルームに誘った。「部長のこと?」と悠里は何も勘づいていないらしい。それに対して私は何も答えずに椅子に座った。
「ごめんね、練習中に呼び出しちゃって」
「いいよ。どしたの?」
単刀直入に言うか、経緯を話してから言うか悩んだ。美華からは「結局言わなきゃいけないなら単刀直入に言っちゃいな」と言われている。
「あのね、悠里。私今年の文化祭、有志で出ようと思ってるの」
初めはあえて美優の名前を伏せることにした。
「へえ! 思い切ったね。て事は部活の方では出ないって事?」
「そう」
何度も頷きながら納得しようとしている。
「美華と香苗も誘ってるの」
「いいんじゃない? 何の演目?」
美華を誘った時の原稿と同じものを、悠里の目の前に差し出した。
「見たことあるけど、これなんだっけ」
「私たちが1年生の時演劇部の体験で貰った原稿だよ。それを披露しようと思ってるの」
「なるほどね。ダブル主演なんだ。この不良役、誰がやるの?」
思うように声が出ない。美華に言われた言葉を何回も唱えながら言葉を発する。
「……美優」
「美優?」
誰それ。と言うのは当たり前かもしれない。私と悠里の共通の友達に美優という人はいない。同じクラスであろうとも、悠里は美優を毛嫌いしてるので名前すら覚えていないのかもしれない。
「桜井美優」
下げていた視線を上げ、悠里の方を見る。肩が振るえているように見えた。でも表情が確認できない。覗き込もうとするやいなや「何があったか知らないけど、演劇部の部長なのにあんな人と部活捨ててまで演技しようと思うんだ」と言い捨てミーティングルームを出て行った。心に大きな穴がぽっかりと開く。
きっとこうなってしまうと予想出来ていたのに、想像以上に衝撃が大きかった。激しい運動をしたわけでもないの息が上がる。原稿を見ながら美優との会話を思い出す。「この、真面目役の子の親友は誰かやってくれそうな人いそうか?」「あー、一応してくれたらいいなーって人いるけど、どうだろう」「やってくれるといいな」「そうだね」
現実はそう甘くないと痛感する。
「もしもし、美華?」
『どした?』
「やっぱり、悠里無理そう、かも」
向こうもこちらもそれ以上何も言えないというような雰囲気だった。
『今さ、美優と原稿刷ってるのよ。私から悠里に渡しておこうか?』
あの雰囲気の悠里に渡して、きちんと受け取ってもらえるのだろうか。破り捨てられたりはしないだろうか。美優の大事な原稿を粗末に扱ってほしくない。
「しばらくそっとしておこう」
『わかった。一応こっちからそれとなく誘ってはおくよ』
「ごめんね。ありがとう」
通知音が鳴り終わるまで、私はスマホを耳から話す事が出来なかった。どうすればいいんだろう、という答えの出ない言葉ばかりが全身に流れていく。それでも今は出来ることを全力でするしかないのだ。
「結構準備出来てきたくね?」
1週間後の放課後、私は美優の家で原稿の確認をした。美華と香苗を誘わなかったのは、悠里を仲間外れにしたと思いたくなかったからだ。この頃には美優とかなり仲良くなれていて、劇関係なく一緒に買い物に行ったりするような関係になっていた。
「あ、そうそう。明後日、誕生日なんだろ? 美華が教えてくれたんだ」
美華とはこれをきっかけにクラス関係なく、再びよく接するようになっているらしい。どうやら私の話もしているようだ。
「これ、誕生日プレゼント」
ローテーブルに小さな紙袋が置かれる。
「開けてもいい?」
「おう!」
紙袋には2つプレゼントが入っていた。1つは一緒に買い物をした際、私が欲しいと言っていた香水だった。
「これ! 覚えてくれてたんだ」
「今つけてみたら?」
その言葉に甘えて手首に振りかける。やっぱりいい匂いだった。心の中までスッキリしていく。
「もう1つの方も開けてみてよ」
得意げな顔をしてもう1つのプレゼントを開けるように促される。こちらは香水と違って、丁寧に梱包されていた。中身が見えなくてドキドキする。テープを外して中身を見る。
「え、これ」
プレゼントを貰える事は嬉しいけど、反応がしづらい。
「そう。役用っていうかさ、気持ち作り的な? まぁ全然、今は使わなくていいから」
包まれていたのはピアッサーだった。シルバーのボールが輝いている。
「ありがとう」
心の底から喜べないのは自分の中に真面目でありたいと思う何かがあるからなのだろうか。いらないと思っていたレッテルが、またしてもここで私を邪魔しているのだろうか。
「高校卒業したらつけてな」
「……うん」
そして私たちはまた他愛のない話を繰り返した。
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