交わる2人

 約束の10分前に着いてスマホを見た。こういう時1分が長いんだよな、なんて思いながら頭上の大きな時計を見つめる。

「おはよ」

 ほとんど家着のようなラフな格好で来た桜井さんを凝視する。

「そんな変か?」

「いや、そうじゃなくて」

「家近いから気にしなかったけど、やっぱり変なのか」

「違う違う! なんかシンプルだなーって」

 桜井さんは自分の格好を見て首を傾げてから「まあ行くか」と着いてこいと言わんばかりに手を振る。小走りで桜井さんを追いかける。時刻は10時丁度で通勤通学時間はすぎていても休日のこの時間はやはり人が多い。それでも誰の目も気にせず自分の普通を貫く彼女はかっこいい。

 桜井さんの背中を眺めながら私もこんな人になりたいと思っていると、いきなり桜井さんが立ち止まって振り返る。そのまま桜井さんにぶつかってしまった。

「いてっ!」

「あ、悪い悪い。着いたよ」

 見上げるとそこにはとても綺麗な一軒家が立っておりまるで芸能人が住んでいそうな風貌だった。

「何してんの。早く」

 手招きする桜井さんに着いていく。人の家にお邪魔すること自体申し訳ないのに、ここまで綺麗だと玄関に入る事すら躊躇ってしまう。それでも桜井さんが出してくれたスリッパに履き替え、招かれるまま部屋に入った。

「うわー」

 それ以外の言葉が出ないくらい、様々な本や原稿と思われる資料が綺麗に収納されていた。机の上には「外と中(仮)」が置かれてあった。

「ちょっと飲み物とか持ってくるから自由に見てて」

 部屋に1人となり今更そわそわする。じっとしている事も出来なくて、ずっと気になっていた原稿を手に取る。それは私が2年生の時に初めて主人公として舞台に立たせてもらった原稿だった。その隣には1年生の時の初めての大会で発表した原稿がある。

「……懐かしい」

 ペラペラとめくりながら当時の事を思い出す。1年生初めての大会では、私の役割は衣装チェック。前日までに衣装のほつれ等がないか確認して丁寧に紙袋に入れる。大会当日、それを担当の先輩にきちんと受け渡すという地味な作業だった。

「懐かしいか」

 いつの間にか部屋に戻ってきていた桜井さんが声をかける。

「なんでこんなに演劇部の原稿があるの?」

 1年生の頃は桜井さん家のお隣さんで、演劇部の元部長だった結衣先輩がくれたのだろうと想像がつくけど、2年生の頃の原稿がある理由がよく分からなかった。

「美華に貰ってんの」

「え、友達なの?」

「元々中学一緒だし。クラスが違うだけで連絡は取ったりしてるから、終わった原稿貰ってるの」

 確かに気が強めの2人だから、同じ波長的なもので友達にはなれそうだ。なんか悔しい。

「全然知らなかったよ」

「まあ美華もあんまり自分の事話すの好きじゃなさそうだしな。オレンジジュースで良かったか?」

 オレンジジュースの入ったコップとストローが円形のローテーブルに並べられていく。

「早速、原稿見てもらいたいんだけど」

 勉強机に置いてあった「外と中(仮)」が目の前に移される。やっぱり分厚い。通常1センチもない原稿のはずなのに2~3センチはありそうだ。

 中を見てみると分厚い理由がよくわかった。

「凄いね、これ」

 大量に貼られた付箋にはその場面ごとに注意すべき動作や表情、セリフと心情のリンクを細かく記されていた。それはどの役にも同じ事がされていて、セリフを心の中で唱えているだけでも頭の中で人形たちが動き出すようだった。

「これ、全部桜井さんがまとめたの?」

「……まあ。そう」

 本当に凄いと思った。ここまで完璧な原稿を私は初めて見た。すぐにでも練習が出来てしまいそうだ。

「原稿は完璧。これからする作業としたら、登場人物分プラス2本の原稿印刷と出演者決めだね。一応書類提出は1ヶ月後だから、それまで時間は十分にあるけど」

「この物語、全部で7人いるんだ。私と生徒会長合わせてもあと5人いる。美華は駄目なのかな」

「……奈央」

「え?」

 なんでこんなにモヤモヤするのだろう。美華の事は"美華"って呼ぶのに、私のことは"生徒会長"と呼ぶ。それが凄くモヤモヤする。

「おう、そっか! 奈央的には誰が参加してくれると思う? 演劇部は部活として出るんだよな。無理かなー」

 きっと彼女は誰とでも分け隔てなく接するはずだ。なのにその容姿に関わりずらさを感じている人達が多いために、彼女は1人でいる事の方が多いのだろう。

「奈央も美優って呼んでよ」

「えっ?!」

 確かに桜井さんが私の事を奈央と呼ぶのなら私が桜井さんと呼ぶのには距離感の差がある。生徒会長はそれ以上だと思うけど。

「……美優?」

「なんだ?」

「え、桜井さんがそう呼んでって……。用事は特にないけど」

 その返答に対して「また桜井さんになってる」と笑いながら指摘された。距離が近くなった。そう感じるだけど凄く嬉しい。

「よし! 一気に決めれるとこ決めていこう!」

 その日はお昼過ぎまで、劇の打ち合わせをした。他の出演者は私の方で集めるっていうのとか、美優が原稿を複製しておくだとか。書類提出の1ヶ月前にここまで出来たら完璧だと思った。

 最もな問題を忘れて──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る