不良な貴方
2日目に受けたテストの内容は覚えていない。桜井さんと話せる事で頭がいっぱいになっていたから。色々話題は考えたけど、1番聞きたいのはやっぱり昨日の独り言? の事だった。
「明日から土日で、休み挟むけどきちんと勉強しろよー。テスト終わってねーからなー」
この日ももちろん桜井さんは既に教室にいなくて、私は昨日約束した公園を真っ直ぐに目指した。
「昨日の場所来たのに、いないじゃん」
ベンチに座って空を見上げる。
『やっぱり見た目と中身は一緒なのかな』
きっと忘れてるんだ。彼女の人生にとって、私はサブキャラでしかなくて、昨日の会話でその役目は果たしちゃったんだ。きっとそうだ。そう言い聞かせる事でしかこの辛さを捨てきれなかった。こんなに楽しみにしてたの、私だけだったんだ。
「何泣いてんの」
顔を上げると、目の前には桜井さんがいた。ポケットに手を突っ込み、その脇には分厚い資料? のようなものを挟んで私を見ている。
「な、泣いてないよ」
袖を伸ばして目元を拭う。
「で、何を話してみたいんだよ」
桜井さんは私の隣に座って資料のようなものを膝に置いた。
「あ、色々、話したい事考えてみたんだけど、多すぎて……」
「なんでもいいよ。どうせ、時間かけて全部聞き出されるんだろうしな」
「……そうかもしれないね。あの、昨日ここで何してたの? 1人で喋ってた?」
桜井さんは私の方をパッと見て右の口角を上げてニヤニヤしだした。そして、さっきの資料を私の目の前に突き出した。
「あんたさ、演劇部の部長さんなんだろ。このタイトル見てなんか思い出さないの」
その資料には『外と中(仮)』と書かれてあった。見覚えがある。これは私が高一の時、演劇部の体験に行った際に渡されたものだった。でも、あの時はこんなに分厚くなかった。
「私もさ、演劇部の体験に行ったことあるんだよ。その時これ貰ってさ。内容に感動したんだよ。私のこの派手な格好を許してくれてるみたいな原稿だったから」
この原稿は確か当時の部長が、最後の大会で発表したいと1年かけて執筆したものだった。この物語を簡潔に言うと、外面は真面目な子なのに中身はドロドロしてる女の子と、派手な見た目をしている子なのに中身は真剣に夢を追いかける女の子の2人が交差して、自分たちが本当になりたいものを見つけゴールする青春物語だった。でもこの物語は……。
「でもこの物語は誰にも演じられなかった。顧問に破られたんだろ。これ書いた部長さん、私の隣の家に住んでて小さい頃から仲良くてさ。ある日泣いて帰ってきたんだよ。理由聞いたらこれを目の前で破られたって。頭に来て高校にそれ言いに行ったら、そんな事はないって言われて。何が? って感じじゃね? 昨日私が正門で止められてたの見てただろ?」
気付いてたんだ。
「あの時私を止めてたのがその顧問だよ。だからあいつに何言われても私は絶対に言うこと聞かない。この格好で居続ける。そもそも多分、この物語、私のために書いたんじゃないかなって。中学の時からこんなだからさ、そんな私を見て書いたんだと思ってる」
「それを練習してたの?」
「そ。私が絶対この物語を動かすんだ。それで、この不良役演じたくて、ずっと練習してた」
確かにこの物語の派手な女の子は桜井さんが適役だと思った。そして、真面目な女の子は私だと思った。
「なぁ」
「ん?」
桜井さんは何かを言いにくそうに俯く。
「どうしたの?」
「この物語、大会で発表できないか?」
想定外だったけど想定内だとも思う。久しぶりにこの物語を聞いて、私もしたいと思った。私もこの主人公を動かしたい。
「したい! してみたい。でも」
「でも?」
「私たちに残されてる大会は残り2つ。1つ目は2ヶ月後でセリフも衣装も決まっちゃってる。すぐには出来ないかも」
「2つ目は?」
「2つ目は半年後。出来なくはないけど、これまで演劇部は3年生最後の演技を、新部長が提案したものがたりでやる伝統があるの。だから、厳しいかもしれない」
残念そうに大きなため息を吐いて俯く桜井さんの膝の上で、スマホが通知を知らせるように点灯する。「14:16 5月3日」
「あ」
「あ、ごめん。急いで帰らないと。母ちゃんにネギ買って来いって言われててさー。しかも弟の迎えまで頼まれて。じゃあな!」
「待って!」
去っていこうとする桜井さんを引き止めて伝えなきゃいけないことを頭の中で整理する。
「いい事思いついた。家に帰ってからでもいいから伝えたい。だから、連絡先交換しない?」
これが今は1番の近道だと思った。
「わかった。これ」と言って向けられたスマホの画面にはQRコードが表示されていた。直ぐにそれを読み込んで追加を押す。
「ありがとう」
「おう」
やっぱり見た目と中身は違うじゃないか。桜井さんはきちんと良い人だ。皆もったいないなぁ。なんて思いながら帰路に着く。公園で無邪気に遊ぶ子供たちを見て、いつからあの好奇心はなくなっていくんだろうとふと思う。でも、今の私は好奇心でいっぱいだ。きっと人は、成長していくにつれ自分の興味のある事にしか好奇心を発動しなくなるんだ。私もきっとそうだけど、今はそんな事どうだっていい。自分が満足出来れば幸せなのだ。
『桜井さんへ 寺崎奈央です。追加してくれてありがとうございます』
こんなのでいいかな。
初めての連絡をどうするか、かれこれ3時間はスマホの画面とにらめっこしている。打っては消して打っては消してを繰り返しているのだ。
そろそろ送らないと。
目を瞑って画面をタップする。薄く目を開いて見ると、その文章はきちんと桜井さんとのトーク画面に表示されている。そして既読の文字も表示されていた。
「早っ!」
急いでトーク欄から逃げる。スマホの電源を切って通知音を待つ。
返信が返ってきたのはそれから10分後の事だった。
『なんで敬語なのw まあいいけど。で、いい事って何?』
返信が遅かった割に内容は至って普通だった。
『9月に入ってすぐ、文化祭があるの。それで発表しませんか?』
それを送ってまたスマホを閉じる。今度は通知音ではなく、バイブ音だった。画面には『桜井美優』と出ている。
「もしもし?」
『ごめん。メッセージのやりとりだけだったらもどかしくて電話した。文化祭で出来るのか?』
桜井さんと電話できているのが無性に嬉しい。
「うん。可能性は高いよ。書類を先生に提出するだけで参加権は得られる。あとは8月中旬にある文化祭前出場者選抜で、それぞれの出し物を先生たちの前で披露して勝ち取るだけ」
正直これが1番の難所だった。
『それは勝ち取れる確率高いのか?』
「難しい。私たちの演劇部は部活出演枠で確実に出られんだけど、有志の出演枠は5チームだけで、毎年10チーム以上がエントリーするから本当に難関なの。特に演技の部が難しくて演劇部が出るんだから他はいらないだろって、結構これまでエントリー落ちしてる人たちが多いの」
『まじか』
この3年間、有志の出演枠で演技の部が出ているのを私は1度も見た事がない。でもずっと練習している人たちを何チームも見てきた。審査をするのは5人の先生で、その中にあの時の演劇部の顧問も含まれている。今日の桜井さんの話を聞いて確信が持てたことがある。演技のチームを落としているのはその先生なのだと。噂で聞いた事がある。「自分が書いた原稿以外は演劇じゃない」と破り捨てているらしい。
『可能性はゼロじゃないよな?』
ゼロと言った方が正解だろう。でも夢を見るのは馬鹿じゃない。
「うん。それに私は演劇部部長で生徒会長だよ?」
スマホの奥で桜井さんが笑っている。
こんな感じで笑うんだ。
「いざという時は任せて」
『任せたぞ。生徒会長』
「うん」
『早速なんだけど、明日原稿見に来てくれないか?』
「外と中(仮)」の原稿は、今桜井さんしか持っていない。私も貰っていたがいつの間にか無くなっていた。頼れるのは桜井さんの原稿だけだ。
「いいけど、どこで?」
『私の家じゃ駄目か?』
「駄目じゃない!」
桜井さんの声と重なる勢いで返答する。
『あんた、思ってるより変わってるな』
また笑ってる。嬉しい。
『じゃあ明日の10時に駅前で待ち合わせな』
「うん。わかった」
お互い「じゃあ、また明日」と言って電話を切った。
まだ心臓がドクドクと鳴っている。
こんなに明日が楽しみなのはいつぶりだろう。変化のない毎日で、それが当たり前と受け入れた頃から変化する事に躊躇していた。そんな毎日に桜井さんという刺激が加わり、変化する事が楽しいとさえ思える。まだ2日しか経っていないけど。
「絶対勝ち取らないと」
カレンダーの文化祭と書いた日に「外と中(仮)」と書き加える。こうしていたら、必ず成し遂げないことだと思って、頑張れるのが私の性格だ。
『明日の10時。楽しみにしてる』
画面に表示される桜井さんからのメッセージが嬉しい。
悠里にバレないようにしないと。そう意気込んで眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます