真面目な私と不良な貴方

青下黒葉

真面目な私

「あえいうえおあお」

「もう少しお腹から声出すの意識してみよ! そしたらもうちょっと大きな声出ると思う!」

「あ、はい!」

 生徒会長。クラス委員。演劇部部長。先生たちからの支持も厚い。クラスの皆からも頼られる存在。

 周りからの私の評価は完璧なのだろう。しかし、いらないものが1つある。……真面目という名のレッテル。

 1度積上げてきたものを壊すなんて勿体ないというか怖い。程度の笑顔を皆に向けていれば、これまでの栄光は崩れないのだ。

「よし! じゃあ2ヶ月後の発表会に向けて、セリフ合わせと動きの確認を完璧にしていこうか」

「はい!」

 演劇部には、3年生が私を含めて4人、2年生6人、1年生7人の計17人が所属している。3年生としてはあと2回しかない発表会をやり遂げる中で、時期部長に相応しい部員を選ぶ任務がある。

 私が第一候補に選んでいるのは2年の板東樹くん。2年唯一の男子部員だが、シナリオや舞台上、どこに就いてもらっても柔軟に対応出来る彼が、部長に相応しいと考えている。しかしそう考えているのは私だけのようで、他3人は1年生の橘このはさんを指名している。彼女は板東くんとは違い中学生の頃から近所のスタジオで演技のレッスンを受けているようで、立ち回りが他の部員と明らかに勝るものがあった。

「あ、1年生と2年生で先、準備しててもらっても大丈夫かな? 3年生集まってー」

 部室の隣には小さな小部屋が併設されており、そこがミーティングブースとなっている。

「部長をそろそろ決めていこうと思うんだけど、皆はやっぱり橘さん?」

「うん。経験があればそれ相応のアドバイスとかも出来るだろうし、実際今も周りの子たちに教えてあげたりしてるの結構見るから」

 住友悠里は演劇部の副部長で、最も周りが見えている子だ。そして私の幼なじみでもある。彼女への信頼も高いので、彼女がそう主張するととても悩んでしまうのだ。

「でもやっぱり1年生が部長になっちゃうと2年生たち大丈夫かな。私がもし2年生たちの立場だったらやりにくいっていうか、私だったら素直に指示に従わないかも」

 彼女は水戸香苗。気が弱いが自分の意思がはっきりとしてて、仲間内では物事をはっきり主張してくれる。ただ優柔不断なので、どちらかの立場に立つのは嫌いだ。

「それで従わないなら辞めてしまえばいいんだよ。部活のメインは、自分のしたい事をやれてるって事じゃん? なのに「1年生が部長だからやりたくないです」って言うならそれは活動がしたいわけじゃなくて、上下関係を成立させたいだけだよ」

 この喧嘩腰になってしまっているのは近藤美華。考え方が極端すぎるけど、彼女が主張している事もあながち間違っていないような気がする。

 何度この話し合いを開いても、結局橘さん派の悠里と美華-特に美華-がどちらサイドでもない香苗を責め立てるだけだった。私は板東くん派なので美華と悠里と話がしたいのに、美華としては真ん中の香苗を橘さん派にさせたら話し合いが終了すると思っているので私とその会話をしようとしてくれない。

「あと5分で一旦中断しよう。そろそろ練習始めないと」

 隣の部室から数人の声が聞こえる。大きな声で聞こえてくるのはやっぱり橘さんと板東くんだった。

 どうなるのかなー。


 次の日の朝はテスト期間という事もあって、朝練はなかった。みんながゾロゾロと登校している時間に門を潜るのは何故かいつまで経ってもワクワクする。

「おい! 桜井、またお前はそんな派手な格好して。昨日その頭黒にして来いって言ったのよな? なんでなってないんだよ」

 正門に立っていた先生が突然声を荒らげる。振り返ると、先生の影には桜井美優が立っている。彼女も眉間に皺を寄せて先生を睨みつけている。

「かっこ、いいかも」

 その姿が私には程遠いもので素直にそう感じた。

「後で生徒指導室に来い」

「またかよ! 何回言ったって私はこのスタイル変えないからな!」

 そう言い捨てて桜井さんはズカズカと先生の横をすぎていく。

「奈央、そんな見てたら喧嘩売られるかもよ」

 いつの間にか隣に立っていた悠里が私の腕を捕まえて引っ張る。

『見た目が派手なだけで周りからそんな風に見られるんだ』

 自分とは明らかに違う世界線で生きている桜井さんが、正直、羨ましい。でも、私もああなりたいって言って背中を押してくれる人はいるのかな。

「ねえ、悠里?」

「ん?」

「私も桜井さんみたいになったらどう思う?」

「えっ?! 辞めてよ。ぽくないって。真面目な奈央が1番いいんだから」

「……そっ、か」

 視界の端に消えていく桜井さんを見つめる。彼女と話がしてみたい。どうすればいいんだろう。

 悠里に引っ張られながらそんな事を考えた。考えても答えが出なかった時は、時間の流れに運命を委ねる。それが私の最後に出した答えだった。

「それじゃあ、よーい始め!」

 テスト1日目、1時間目は数学だった。

『ここの分野は得意だ』

 スラスラとペンを走らせる。するとガラッと教室のドアが開いた。皆一斉にそっちの方を見る。不満たっぷりな表情で桜井さんが教室に入ってきた。それを見た瞬間皆が目を逸らす。

『朝の件で呼び出されてたんだ』

 一目見てそうだとわかった。それでも彼女は派手なピアスを外す素振りも見せずにテストを解き始めた。意外だった。こういう事はしないとばかり思ってた。

『勝手な偏見、いつの間にか私もしてたんだ……』

 1日目のテストが終わり、急いで荷物をまとめて桜井さんの方を見る。彼女は既にいなくなっていた。テスト期間中は放課後の部活もないので、彼女と話せると思っていたのに。教室をとび出て彼女を探す。

「先輩!」

 後ろから呼ばれて振り返る。そこには2年の服部すみれが立っていた。

「眼鏡かけてるの珍しいね?」

「あ、はい。目に傷が出来ちゃってしばらく眼鏡生活です」

「そっか。大変だね」

 正直今は桜井さんを探したい。彼女と話ている暇はないのだ。

「先輩、私……」

 このパターン、退部? この時期に?

 すぐにそんな事が頭をよぎる。

「どうしたの?」

「私、部長になりたいんです」

「え?」

 想像していなかった言葉が耳に届いてなかなか理解が出来ない。

「わかってるんです。きっと板東くんかこのはちゃんが候補にあがってるって。でも、私進学有利にしたくて、せめて部長になったっていう経歴でもあれば少しは有利になるのかなって、そういう理由で部長を選べないのはわかってます。でも、板東くんは部長になったらダメなんです!」

 さっき以上に想像していなかった言葉が次々に出てくる。

「え、どうして?」

「それは……。すみません、もう行きます」

 私の横を早足で歩いていった先に板東くんがいた。板東くんと目が合う。

「こんにちは」

「あ、うん」

 さっきの事もあってなんだか気まづい。

「服部、今回のテストの点数次第で、親に志望校変えられるそうですよ。だからここ最近部活に顔出せてなかったみたいなんですけど、さっきそれの話してたんですか?」

 なんとなく、本当のことを言っては行けないような気がした。

「そう、みたいだね。ごめん、ちょっと急いでるから」

 駆け足で学校を出て桜井さんを探した。あれからかなり時間が経ってしまって見つかる気がしなかった。

 居そうな場所なんて分からないし連絡先を持っているわけでもなかった。

「……どこにいるの」

 近くの公園によって少し休憩する事にした。誰も座っていないベンチを探して腰をかける。

『板東くんが部長になったらダメってどういう事? 今回のテストで志望校変えられるって2年生にしては早くない? まだ1学期始まってすぐだよね?』

 色んな疑問が頭を駆け回る。明日もテストなのに。

「……そんな……私たちずっと……なんで」

 どこからか小さな声が聞こえてくる。興味本位でその声を探して近づいていく。

「あんたに私の気持ちなんて分かるわけないじゃん! あっ」

 声の主は桜井さんだった。桜井さんだけだった。

「え、桜井さん?」

 桜井さんは何事も無かったのように荷物を持って去っていく。止めなきゃ。

「待って! 探してたの」

「は? なんで?」

 怖い。間違えた事言ったら殺されそう、かも。

「えっと、話してみたくて」

「私はそんな事ない。……本当に話してみたいなら明日、またここに来てみな」

「わかった! 絶対来るから、桜井さんも絶対いてね!」

 こちらを見ないまま桜井さんは帰って行った。怖かった。でも優しい人のはずだと思った。そうでないと話もしてくれはずないから。

「……何話そう」

 こんなに誰かとの約束にワクワクするのは初めてだと思う。誰かにダメだよって言われた事をする事に興奮してるのかもしれない。

 もし、悠里がこの事知ったらなんて言うんだろ。バレたらダメかもしれないというのもワクワクの要因なのかな。

 帰り道の空が澄んでいる。夕陽が眩しいこの時間はなんか暖かくて大好きだ。

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