第十一夜 7

 今まで隠れていた猫と狼たちが、一人、また一人と、遠巻きに姿を現し始めた。


 寝殿の縁側には年老いた白い猫が横たわっていた。そのかたわらには消炭色の狼。肩で息をしながら、ゆきは白い猫を見据えていた。

 千年以上前、兄に代わって呪いをその身に受け、里に鎮座してきた高野幸子の最後だった。

 一人、また一人と自分の前から姿を消していく。だが、自分はずっと生きながらえ、里に半ば幽閉されている身。ましてや、兄の肩代わり。人に戻りたい、と思うのは当然かもしれない。


 私なら、どうするんだろう。

 ふわふわとした白い手をじっと見つめた。


 銀次の叫び声でゆきは振り返った。


「うそでしょ……?」


 後ろには一匹の三毛猫が横たわっていた。


 元の姿に戻り、ぺたりと三毛猫のそばに座り込む。心なしか笑みを浮かべている表情が、潤み、ゆがむ。花蓮の指先のように、細くしなやかなその体に触れる。――温かい。


「花蓮……、あったかいじゃん。何してんのさ、起きようよ」


 かたわらにはいつも見とれていた、青いしゅの袋。わずかに開いた口からは、いつものアメと鉄球が転がる。

 まだ温もりの残る三毛猫を膝に乗せ、抱きかかえると、右手を伸ばし、アメを一つ、つまむ。そっと口に押し当てた。


「おいしい?」


 もう一つを自らの口に入れる。甘いはずのアメにしょっぱさが混じる。ころり、ころり、と花蓮がしていたように、口の中で転がす。三度ほど転がしたとたん、ゆきは、今まで上げたことのない悲しい叫びをあげた。



 泣き叫ぶゆきから顔を背け、細い目を伏せた時だった。


「銀次!」


 牙が顔をかすめる。かみつき損ねた狼は、地に降り立つと向きを変え、こちらをにらみつけていた。


「まだ、子どもやん」


 銀次が驚いて向き直ると、子狼が吠えた。


「それがなんだ! 親父を殺しやがって! お前ら全員、殺してやる!」


 そう言って飛びかかる子狼に身構えたとき、銀次の目の前が暗くなった。


「真……!」


 銀次を背にかばった真の右肩に、子狼の牙が突き刺さる。だが、とくとくと肩からあふれる血もかまわず、真は子狼を抱きしめて、放さなかった。


「もう、やったらあかん。やったらあかんぞ!」


 痛みに耐えながら、笑みを浮かべる真の顔を見ると、子狼は牙を納める。そのまま、声を上げて泣き始めた。体が赤い炎を帯びると元の姿に戻る。真の腕の中にいたのは、五歳くらいの男の子だった。




 夜の帳が降りる。――新月は全てを包み込んだ。

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