第八夜 5
「どんだけおるねん」
階段をいくつも駆け上がりながら、真はチッと舌打ちをする。柱の影。ドアの影。次から次へと現れる人狼。ゆきには全ての影がうごめいているように思えた。
「くっそ! 邪魔や! どけ!」
真が刀を抜き、容赦なく斬りかかる。ドンと真横に倒れてくる人狼の背は大きく切り裂かれ、とくとくと血が沸き上がっている。その鮮やかな切り口に、ゆきは思わず足を止めてしまった。すると、ゆきの手を握り、真がカッ! と見据えた。
「しっかりせぇよ! 気ぃ抜いたら、死ぬぞ!」
真に怒鳴られて、カタカタと震えるあごを閉じ、頷く。その時、真の背後から狼が一頭、飛び上がってきた。
「いやぁぁぁぁっ!」
鯉口を切り、そのまま一気に振り下ろす。――体が反応することに、驚いた。
「おおきに。いくで」
ハッハッ、と肩で息をする。
初めて何かを斬り、息の根を止めた感触は、恐怖と、少しの興奮が混ざっていた。
真がスン、と鼻を鳴らし、ピタリと足を止めた。
廊下の暗がりに、何かがうごめいている。今までとは違い、引きずるような音を伴っていた。目を凝らすと、背の高い見慣れた顔が、壁に背を預け、伝うようにしながら、一歩一歩近づいてくる。心なしか息が荒い。その姿を目に留めると、ただ激情が真の口から継いで出た。
「銀次!」
今にも胸ぐらをつかみそうな勢いの真を、ゆきが腕をつかんで引き留める。
「離せ!」
「待って! 話、聞こう。……それに」
何か変だ、とゆきの勘が騒いでいた。
「真……」
銀次が呼びかけると、真は苦々しく銀次に突っかかった。
「お前がオレに何も言えへんかったのは、こういうことやったんかい」
銀次はかぶりを振る。すると、銀次の後ろから、長身の男を先頭に、数人の人狼が姿を表した。
「銀次、ご苦労だったな。お前のおかげで、新月生まれをおびき寄せることができた」
銀次はきっかりと真と目を合わせた。
「ちゃう! ボクやない!」
「だまされちゃダメよ!」
追いついた花蓮がゆきの足元で毛を逆立てる。その姿を見つけると銀次は叫んだ。
「ゆき! 逃げや!」
同時に窓ガラスを突き破る鉄球。それは青白い炎を上げ、迷うことなくゆきに向かってきた。
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