第八夜 4

 ボーッと細くたなびくいくつもの汽笛。一隻の船が停泊している他は何もない、小さな貿易港は静かである。ポツリポツリとついているのは船の明かり。港の背には連なる山。少し冷たい潮風が頬をなでた。

 港を背に、山へ山へと足を運ぶ。着いたところは無機質な建物がひしめく一角にある、五階建てのビルだった。ビル周りにある駐車場のせいで、この辺りだけやけに広く感じた。

 月の明かりもなく、船の明かりも届かない。申し訳程度にある外灯だけが目のたよりである。敷地の境にある伸縮門扉の柱には、看板がかけられていた跡があり、その新しさに、最近手放された物だと見て取れた。

 物寂しげなグレーの壁を見上げながら、真がスン、と鼻を鳴らした。


「ゆき、覚悟はええか」


 真は鋭い目でゆきをチラリと見る。ゆきはその目をしっかり受け取り、強く頷く。真はニヤリでそれに答えた。


 花蓮の話では、室内に閉じこめられていたという。


「階段を何回も降りたから、上の方であることは間違いない」

「わかった。おおきにな。……花蓮、帰り」


 真が優しく言う。


「お前はケガしてる。足手まといや。帰れ」


 今度は強く言う。が、花蓮は首を縦には振らない。 いつも持っている、アメの入った青いしゅの袋をじゃらり、と鳴らすと、真を鋭く見返した。


「誰だと思ってるの。これでもさくしゅうの一員よ」

「どいつもこいつも……」


 あきれたような口振りだが、顔はニヤリと笑っていた。



 一歩足をすり出すと気配がする。倉庫の谷間。ビルの影。既に逃げ道はなかった。


「人質が逃げたんだもの。甘くはないよね。先に行って。これは私が始末する」


 じゃらりと音を立てて、花蓮が二人に背を向けた。


「ほな、頼むで」

「ゆき、私の服お願いね。裸は困るから」


 顔だけをゆきに向けて、いつもの笑顔を見せる。相手に向き直ると、青白い炎に包まれた花蓮は、三毛猫に変化へんげした。辺りに散った服を花蓮が足で蹴り上げると、ゆきはすばやく絡め取とり、体に結わえ付けた。

 しなやかなまだら模様の前足を、足元にある青い繻子の袋に下ろす。


「――しゅうらん


 言い終わるやいなや、ゴロッと袋の中がうごめいた。袋の口から、青白い光を帯びたいくつもの鉄球が浮かび上がり、花蓮を取り囲む。鉄球には青い炎の文様が刻まれていた。


「行って!」


 同時に走り出したゆき達にじんろうが飛びかかる。そのたびにこだまするうめき声。ちらりと振り向くと、まっすぐこちらを見据え、頷く花蓮がいた。その間に割り込んできた人狼の顔は、あっという間にゆがみ、鉄球と共に飛ばされていく。力強く頷くと、ゆきは真の背を追いかけた。

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