第八夜 3

 藤助に手当されながら、花蓮は遅れてきた理由を話し始めた。

 最近真の様子がおかしいとゆきから聞き、真の様子をそれとなく観察していると、むしろ銀次の行動がおかしいことに気がついた。

 後をつけていくと、銀次は、町のはずれにあるビルにじんろうと一緒に入っていくところだった。

 向こうに気がつかれて逃げようとしたが、銀次に気絶させられ、さっきまで幽閉されていたのだという。隙をつき、何とか逃げ出してきたのだ。

 ゆきは花蓮の手を握りながら、心配そうに見守り、平太は動揺を隠せずにいた。藤助は努めて淡々と包帯を巻いている。

 巻かれるたびに、悔しさが真の胸を占める。知らず、銀次の名をつぶやいていた。

 目をそらすように顔を上げると、玄関のドアが目に飛び込んで来た。

 出窓を離れ、花蓮の横をすり抜ける。オロオロしながら前に回ろうとする平太を押しのけたとき、鋭く藤助の声が飛んだ。


「落ち着け。今は行くべきじゃない」


 真はその場にあったグラスを床にたたきつけた。



 その日はそのまま藤助の家に泊まることになった。動かせない花蓮を心配し、ゆきがそばにいたいと言い出したからだ。

 星だけがかろうじて瞬く。しんと静まりかえった部屋の出窓で、藤助はグラスを持ったままウトウトとしていた。


(飲み過ぎやで。体壊すで)


 寝たふりをしていた真は、辺りの様子をうかがうと、ゆっくりと体を起こした。ゆきは花蓮が眠っている部屋のそばで横になっている。「真から目を離すな」と厳命されていた平太は、玄関に一番近いところでよだれを垂らしている。

 体を起こすと、藤助の様子をうかがいながら、そっとその前を横切る。リビングに向かってあるドアの片方に手をかけ、痛々しい包帯姿の花蓮のそばに行った。


「起きてるか」


 布団がもぞもぞと動く。真の顔を見て、事情をすぐに飲みこんでくれた。


「やめなよ。藤助さんの言うとおりだよ。相手がどう動くか……」

「頼む! アイツだけはアカンねん。アイツだけは……!」


 自分をさつりくの狂気から救ってくれた。

 殺されそうになっても必死で止めてくれた。

 銀次が裏切るなら、せめて、会って訳が聞きたい。――花蓮の両肩をつかむ手がふるえていた。


「分かった。でも、私もうろ覚えだからね。そこだけは理解してよ」


 頷くと二人は立ち上がった。


 隣の、藤助が使っている部屋を探り、刀を探す。一つ握りしめて玄関へ向かうと、人のにおいに身構える。そこには、刀を携えたゆきが立っていた。


「そこどけ。お前には関係ない」


 押しのけようとするが、グッと足を踏んばられた。


「どけ言うてるやろ」

「私にだって関係ある!」


 まっすぐこちらを見つめる。――春とは違う、強い目だった。


「狼とはいえ、人、殺すこともあるんやぞ」


 ゆきは頷く。


「お前かて、死ぬかもしれへんのやぞ」


 また、頷く。おもむろにゆきが口を開いた。


「だって、銀次のことでしょ。じゃ、行かなきゃ。それに……」

「それに?」

「今日は、新月だよ」


 ニッ、とゆきが笑った。

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