第八夜 2

 少し大きな耳がぴくりと動くと、頬を紅潮させて、ゆきは平太をにらみつける。今日は藤助の家で焼き肉をつついていた。

 銀次は「用事がある」と欠席。花蓮は「遅れていく」とのこと。こちらは肉より酒。自然と二人の取り合いになった。

 ジュワァァ! と立ち上る煙を合図に箸がのびる。煙が晴れると、何食わぬ顔をして肉をかみ切る平太に、ゆきは箸でその肉を指した。


「ちょっと、さっき、それ食べたじゃない」

「うるさいなぁ。育ち盛りには必要なんじゃ。だまっとけオバハン」

「オバハン!? たかだか中学生のガキのくせに!」

「お前とちごうて前途があるんですぅ」


 ゆきが小さな声でぽそっとつぶやいた。


「……チビ」

「聞こえてんぞ! チビ言うたやろ! オレは耳がええんやぞ!」


 平太はダン! と机を叩いて立ち上がる。が、ゆきはおもむろに立ち上がり、肩までの平太を見下ろす。平太の身長は百四十センチに満たなかった。


「な……なんやねん! 人間はなぁ、身長で決まるんちゃうぞ! ココや!」


 とわめいて、親指で自分の胸を指す。


「ふーん、じゃ、心を豊かに育てるために、そのお肉よこしなさい」

「やかましい! 健康な肉体に健全な心が宿るんじゃ!」

「それのどこが健全な心なのよ!」


 サッと皿から肉が消える。すでに喉を通り、ニンマリとうれしそうにほほえむゆきを見て、「最低じゃ! 弱い者いじめや!」と涙目になりながらまたわめく。たわいないケンカに、ドングリの背くらべだ、と藤助の苦笑を誘った。


 カラリと氷が音を響かせる。


 振り向くと、出窓に座り、外を眺めている。かたわらに置かれたグラスはいっぱいのまま。やはり真は何か考え込んでいた。


「飲まねぇの?」


 藤助がそばに立ち、グラスをあおる。それに気がついて我に返ると、鼻筋の通った人なつこい顔を、無理に引き上げた。笑いたくても笑えない、そんな感じの表情だ。


「やっぱり今日もぃへんかった。……アイツ、何考えてんねん」


 また、カラリと氷の音が響いた。


 その時、ドン、ドンと、玄関のドアに何かが体当たりをするような音が聞こえた。「誰やねん!」と平太が悪態をついた直後、ドサッと崩れ落ちる気配に、皆の動きが止まった。

 いきり立つ平太を手でけんせいしながら、藤助がそっとドアに手をかける。開けると、あちこちに傷をこさえた三毛猫がぐったりと倒れていた。


「花蓮!」


 藤助が花蓮を抱きかかえると、か細い声が三毛猫からもれた。


「大変……! 銀次が……」


「銀次がどうしてん!?」


 平太をおしのけ、真が花蓮を揺さぶる。


「銀次が……、じんろうについてった……」

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