第七夜 5

 こうこうとあたりを照らしていた月が、あっという間に雲に隠れた。ぽつり、ぽつりと降り始めたかと思うと、ざぁっ、という音と共に空気を湿らせていく。

 ポケットに手を突っ込んだ真は、公園のベンチに座り込んでいた。



 山に逃げ、里を見た。大きな爆音が上がり、里が紅に染め上げられる。煙は全てを包み込み、もう何も見えなかった。

 獣を焼くにおいがあたりに立ちこめる。

 真は手を拳に固め、血が出るほど握りしめていた。かたわらでは、銀次が真の手を必死につかんでいる。それがなんとか真の衝動を抑えていた。

 くり返し視界を阻む白い煙の向こうから、消炭色の毛並みが見える。一人を見定めると、猫に変化へんげし、真は炎の中に飛びこんだ。


「なんだぁ? この子猫は?」


 消炭色の狼は、目の前に立ちはだかる白と黒の子猫を鼻であしらった。


「ガキ、お前も能力とやらが使えるのか? 見せてみろよ!」

「――ぜっくう!」


 真が叫ぶと、狼はにわかにのどをかきむしり始めた。目を見ひらき、大きく開けた口からよだれを垂らしながら崩れ落ちる。前足で空をつかみ、何度も泳ぐ。びくん! と一度体を震わせると、狼はそのまま動かなくなる。それでも真は、母親のかたきをにらみ続けていた。


「なんだ今のは!?」


 仲間の異変に気がつき、狼たちが寄ってくる。ぐるりと消炭色の壁が真を取り囲んだ。


「なんやねん! かかってこい!」


 もう、どうでもよかった。自暴自棄になり、狼たちに襲いかかろうとしたとき、一匹の子猫が真の首をくわえて飛び上がった。


「銀次! 何すんねん! 離せ! あいつら殺したる! みんな殺したる!」


 藤助達の所へ逃げ込み、銀次は元の姿に戻って真を押さえつけた。


「行ったらあかん! 行ったらあかん! 行ったらあかんて!」


 銀次が抱え込むように押さえつけていると、突然、呼吸が乱れた。


「真……やめて……」


 倒れ込み、小刻みに震え出す手を伸ばす。


「真! 何してんねん! やめろ!」


 藤助の声で我に返った真は、さっきの狼のようにもがき苦しむ銀次を見て、あわてて能力を解いた。元の姿に戻り、銀次を抱きかかえる。


「しっかりし! 銀次! 銀次!」


 揺さぶり、頬を何度も叩くと、ゴホッ、と音を立て、銀次は息を吹き返した。


「ごめん……ごめんなぁ……」


 真は銀次を抱きかかえたままどうこくした。そばに来た藤助がゆきと一緒に真達を抱きかかえる。花蓮は、藤助の背にぺたりと頬を寄せると、小さな手で服の裾を握りしめ、泣いた。



 真名井吾郎が真名井きぬと爆死することで、戦況は大きく変わった。


 じんろう達は、無に返す能力を有す真名井きぬを利用し、里の結界を解いた。そのまま他のじんびょう達の能力も妨害したが、きぬの力が及ばなくなると、能力を持つ人猫達に押され始めた。最後はすみずみまで行き届いた組織力と戦闘能力で、その場にいた人狼達を全滅に追いやったのである。


 ただ、里の奥まで人狼の侵入を許したのは初めてだった。


 里の壊滅の原因は「真名井きぬの裏切り」という結論に至った。

 元々変化の兆候がなかったゆきは、ショックから変化すらしない可能性があると判断された。それならば人間として暮らす方がよかろう、と里の若い夫婦に預けられ、町で暮らすことになった。その方が、万一覚醒した時も、人狼から逃れられる可能性が高いためである。


 能力には遺伝性がある。覚醒した場合、同じ新月閏うるうどし生まれのゆきが、きぬと同様の能力を有することは容易に想像できた。



 惨劇が終わる頃、にわかに空が曇り、里を慰め始めた。


 子ども達はそろって里を見下ろしている。もう、むやみに泣きじゃくる子はいなかった。山のように積み上がった猫と狼の骸を見て、全員が何かを悟っていた。



 ――あの日と同じように、雨が降る。真はあの時以来、能力を使っていなかった。

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