第七夜 4

 どのくらい過ぎただろうか。おぼつかない足で、ゆきがふと立ち上がった。


「どうしたん? ゆき?」


 藤助と花蓮がゆきを見上げる。するとゆきは空を指さし、ぽつりとつぶやいた。


「ぐるぐる」


 確かに、雲一つない青空が奇妙に渦を巻くように見えた。

 口が渇く。

 何かしら得体の知れない力が、一ヶ所に集められているような息苦しさを覚える。そばにいた猫達も一斉に逃げていく。胸騒ぎを感じ、藤助はゆきを脇に引き寄せた。花蓮も藤助の服の裾をつかんでいる。その時、いわさきしずかが駆け込んできた。


「二人連れて山へ逃げ! ええな!」


 普段は朗らかなしずかの顔が、青ざめ、引きつっている。尋常でないことを悟った藤助は、頷くと二人を連れてえいざんへ登っていった。


 山に逃げ込み見下ろした里は、すでに地獄と化していた。

 あちこちに上がる火の手があがり、叫び声やうめき声が耳をふさいでも聞こえる。じりじりと迫り来る、長い毛、裂けた口。

 狼達の先頭にいる雪のように白い猫を見て、藤助は目を疑った。


「あれは……おばちゃん!?」


 藤助はゆきには見せないように、顔を胸に押しつけ、ギュッと両腕で覆う。ゆきは藤助に抱っこされたことがうれしく、あー、と機嫌良く声を上げながらニコニコ笑っていた。


「あんたらもここにいるんやで!」


 しずかがまた幾人かの子どもを連れてくる。その中には真と銀次もいた。

 銀次は真の手をずっと放さなかった。握りしめる手に力を込め、オロオロした目で真の様子をうかがっている。真の目は怒り狂い、何かを必死に探しているようだった。

 そこへ、真名井吾郎が飛び込んできた。


「おっちゃん! 何がどないなってんの!?」


 藤助の叫びに気づき、吾郎は藤助とゆきの前に立ち尽くした。


「おっちゃん……?」


 吾郎の目がいつもと違う。すがるようにその名を呼ぶと、しゃがみ込み、吾郎は藤助の頭をゆっくりと何度もなでる。ゆきの頬にも何度も触れた。ゆきはくすぐったいらしく、キャッキャと笑っている。


「藤助、ゆきのこと、頼んだで」


 目に何かを定めると、吾郎はダッと山を駆け下りた。


 最前線で大きな爆発音がしたのは、その直後だった――。



 口の中に、灰の味とざらりとした感触がよみがえる。

 体の奥から何かがこみ上げてきて、藤助はあわてて洗面所へ向かった。水の音と、何度も咳き込む音。


「……最近、飲みすぎかなぁ」


 それが言い訳にすぎないことは、分かっていた。

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