第七夜 3

 隣の部屋から寝息が聞こえる。その規則正しい音色に、諦めとちょっとした安心感を覚えながら、藤助はボトルの封を切った。

 平太は藤助の家から学校に通っていた。里から連絡があったとき「まるで子持ちみたいじゃねぇか!? やだよ」と文句を言ったのだが、結局居候させていた。

 部屋をのぞき、布団をなおしてやると、グラスを片手に出窓に戻った。出窓にはじの本がいくつか積まれている。平太に言って、里から持ってこさせたものだ。出窓に座り、グラスを傾けながら、藤助は月明かりを頼りに、ページをめくり始めた。



「こら! 藤助! また花火で遊んでるやろ!」


 ゴチン! という音と共に火花が目の前をくるくる回る。殴られた所を押さえながら見上げると、ろうが目をつり上がらせていた。


「おっちゃん……」


 藤助は苦笑いをした。

 当時、藤助は火薬に凝っていた。配合を変えたりすることで、花火にもなるが爆薬にもなるのがおもしろかったのだ。


「せめて、大人の目の着くところでやり」


 ぼそっとつぶやくと吾郎は背を向ける。口の端がにぃっと引き上がると、藤助はガサゴソと包みを抱え、屋敷の庭へ飛んでいった。


「にぃ……とぅーにぃ!」


 庭に着くと、まだ足元のおぼつかない赤ん坊が、藤助のもとへ寄ってくる。真名井ゆきは一歳を半分過ぎたところだった。


「ゆきは藤兄ぃが大好きやねぇ」


 後ろからついてきていた真名井きぬが、そう言ってほほえんだ。


 藤助の両親は、藤助が五歳の時に完全に猫化ねこかした。

 それ以来、真名井夫妻が藤助を我が子のように面倒見ていた。その愛情は、二年前にゆきが生まれても全く変わらなかった。


 藤助は、ゆきが火薬を触らないよう見守りながら、さっきの続きを考えていた。


「ゆきはホンマに藤兄ぃが好きやねぇ」


 細い目に優しげな笑みを浮かべた男の子が、ゆきの白い頬を軽くつつく。

 銀次はゆきより年上である。より近くで見守るため、ゆきの学年に転校していた。


「ゆき、おはようさん!」


 真がゆきにニカッと笑いかけながら、銀次の鼻をつまむ。手には二本、木刀を持っていた。


「えー。やるのぉ」


 ブツクサ言わんとついてこい! と言って、二人は裏の森へ駆け出す。真と銀次がやってきた遙か後ろから女の子が駆け寄り、まだ小さな手でゆきの頭をわしわしとなでる。花蓮だった。

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