第五夜 4
大きく深呼吸をするとお守りをあちこちのポケットに入れた。そして、なるべく震えているのが分からないよう、身をキュッと縮こまらせながら、ゆきは一人、校門をくぐった。
「一人か?」
突然、暗がりから声がする。目を凝らすと、以前襲ってきた男と同じように、大きめのTシャツに身を包んだ、がっちりした体格の男が立っていた。ゆきは震える手を押さえながらうなずく。「ついてこい」と言われ、男達に前後を挟まれる。もう、歩くしかなかった。
校門からほど近い校舎へ入り、上がれと言われ階段を上る。震えと暗さで階段がうまく上がれず、何度もつまずくと吐き捨てるように鳴らされる舌打ちが、余計に心に堪える。ようやく三階まで登りきると、中ほどの教室に通された。
「君が『真名井ゆき』かい?」
暗い教室に声が響いた。
教室の真ん中に女の子が一人、いすに縛り付けられていた。口には粘着テープが貼られ、声を出すこともできず、おびえた目でこちらを見ている。その姿に、痛々しさと
少し離れたところで、仕立てのよいスーツに身を包んだ男が一人、いすに座りゆきを見ていた。他の者とは違い、一見すればビジネスマンで通る。が、嘲るような目が男の本性を物語る。
この男がリーダーなのだろう。ゆきは片隅に留め置いた。
「最近覚醒したんだってね。おめでとう」
優しげに語りかける口に形ばかり笑みを浮かべ、ゆきを上から下までねめ回す。
「わ……私が来たから、もうその子には用はないでしょ。離してください」
声が上ずり、機械仕掛けのように口を開くゆきに、男達はたまらなくなって吹き出した。
「大丈夫かい!? あの里の人間とは思えねぇなぁ。」
「一糸乱れぬ、統率の取れた集団。そして死をも恐れぬプライドの高さ。私たちは君達をそのように感じていた。尊敬の念さえ持ってね。君は……違うね」
スーツの男の忍び笑いがゆきの心を、刺した。
耳に届く嘲笑。
ことある事につっかかる平太の態度。
送り出されたときの真の眼光。
里の視線。
森の、ざわめき――。
向けられる切っ先におびえる心が、だんだんとうずき始める。なぜ、とこちらにもたげてくる違和感が、うつむくゆきの口を開かせた。
「どうして、私が必要なの?」
気配を変えたゆきを見て、男達は笑うのをやめた。そして、おもむろににらみつけた。
「君はある術に必要なんだよ」
「術?」
座っていたスーツの男がゆっくりと立ち上がった。無い月が、男の影をより深くかたどる。男は思い出すように、目を凝らした。
「古い言い伝えだ。新月生まれの
「稼ぐ?」
ゆきは目を細めながら、初めて相手を見返す。男は気にも止めず、言葉を続けた。
「知らないかい? 最近、よくニュースに出てくる強盗集団。あれは、私たちだよ」
周りからククク……、と忍び笑いがもれる。一人がこらえきれず吹きだした。
「なにせ、どんなに逃げ遅れても、狼になっちまえばバレねぇもんな!」
はじけ飛び、嘲る笑い声が闇に満ちあふれる。その中央で、男達の享楽的な声におびえ、ふるえるかんなが目に留まった。小さな瞳から、次から次へと涙があふれかえる。一人の男がそれを見つけ、「こわいか? こわいのかよ!」とまた、嘲り、笑う。
その姿に自らの心が重なると、ゆきは目を伏せた。
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