第五夜 3

 陽が西の空に沈み始め、里の庭に茜色の光が差し始める。それがまぶしいのだろうか、いつもならぴしゃりとはねを上げる池の鯉が、今日は波紋一つ立てずにいる。寝殿の空気は物音一つ、立てることすらはばかられていた。

 座敷の一段高いところに高野梅子。その左右を固めるように長老達が座っている。大人や若手達は思い思いに座り、時折立ち上がっては長老達の世話をする。

 その中央で、かんなの母親は泣きじゃくり、父親は「助けてくれ」と何度も額を畳にこすりつける。里のものが全て集まり、話の行く末を、固唾かたずを呑んで見守っていた。


 藤助は、人の集まりからは少し離れたところで柱にもたれている。庭にほど近い部屋の隅に目をやると、ゆきが膝を抱え、うずくまっていた。


「じゃ、オレら四人で行ってくる」


 チラリと部屋の片隅にやった鋭い目を伏せると、真が立ち上がる。すると、オレも行く!と、平太が名乗りを上げた。


「お前、覚悟あんのか?」


 真は立ち上がったまま平太をいちべつする。平太はきっかり見返し、強くうなずいた。


「あそこでうずくまってるのと一緒にすんな」


 平太がにらみつける視線を感じたのか、ゆきはびくっと肩をふるわせた。


「ほな、こい」


 真が背を向け庭に出る。銀次がすぐ後に続き、花蓮、平太と続いて庭に向かう。最後に立ち上がりゆきの前を横切ろうとした時、引かれる感触に藤助は振り返った。


「私も、連れていってください」


 藤助のズボンの裾をつかみ、顔も上げられないゆきの手の震えが、藤助の体に伝わった。藤助は真に目配せをする。真は一度ゆきを見、藤助に目配せすると、また歩き始めた。


「行こうか」


 藤助はゆきを立たせると、そのまま一緒に歩き始めた。




 繁華街の真ん中だというのに、外灯すらあまりなく、目が慣れるまでは身動きしづらい。月明かりのない今夜はなおさらだった。そんな闇に紛れたところに、指定された廃校はあった。

 少し離れた場所に車を止めると、先に銀次が偵察に出かけた。


「どんな感じや?」


 戻ってきた銀次に真が問いかける。二ヶ所の門にそれぞれ二人、校庭に五人配備されているという。


「たぶん、かんなは校舎の三階にいると思う。そこに三人、人影が見えた」

「ほな、十一人か?」

「いや……もうちょい、いると思うで」


 ハンドルに軽く手を添えながら、藤助はちらりとバックミラーを見る。ゆきはやはり膝を抱えたままだった。助手席に座っている平太は、振り返りちっと舌を鳴らす。「やめなさいよ」とたしなめると、ゆきの横に座っていた花蓮は、ゆきに青いしゅの袋を渡した。開けると、同じ生地でできた守り袋がいくつか入っていた。


「あいつらが襲ってきたら、それ投げつけなさい。その隙に逃げるのよ」


 守り袋には術がかけてあった。

 じんろうじんびょうのような能力はない。その代わり、普通の攻撃は効かないという特徴がある。刀で斬られようが、銃で撃たれようがびくともしない。そして、圧倒的な破壊力を持つ。だが、ある術をかけたもので打撃を与えると効果があるのだ。


「吸血鬼退治みたい……」


 手に袋を受けたゆきに、少し笑みがこぼれた。


「何、ゆうちょうなこと言うてんねん」


 平太が悪態をつく。


「じゃ、手はず通り頼んだで。」


 中の列にいる真が車のドアを開けてゆきを送り出す。見る目つきが射すように鋭い。その鋭さにひるみながら、守り袋を握りしめ「……うん」と自分を奮い立たせていた。


「ほな、ボクも」


 そう言って車を出ると、銀次はひょいと自分の持ち場へ向かう。「大丈夫。そばにいるからね」と言い、いつもの巾着袋をじゃらりと鳴らし、花蓮も消えていく。「ヘマすんなよ」と毒を吐いて、平太はゆきを見送る。


 藤助はまたミラー越しに闇夜を確認する。――月は、なかった。 

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