第五夜 5

「――ばかばかしい」


 こだまが止んだ。


「お前、立場わかってんのか?」

「そっちこそ、わかってんの?」


 ゆきはゆっくりと顔を上げ、スーツの男をまっすぐにらみ返した。


「私がいなきゃ、不老不死になれないんでしょ? 今でさえも頑丈なくせに、そんなことの為に、こんな小さな子誘拐して……。強盗する根性はあるくせに、堂々と『力貸してください』って言う度胸はないの?」


 もう、震えてはいなかった。


「……な……んだと……!」

「さっさとその子を離しなさい! そして、私を術に使えるもんなら使ってみなさいよ!」

「てめぇ! 言わせておけば!」


 男達の声を打ち破るように、ガシャン! と窓ガラスが飛び散る。同時に、青白い炎を帯びた無数の鉄球と一人の影が闇に踊る。ゆきはとっさに、そばにいた男にお守りを投げつける。男がうめき、崩れ落ちると、その隙に、縛り付けられているかんなの元へ向かった。


「ゆき、打ち合わせと違うやん」


 そう言いながら銀次はかんなのロープを切る。二人はかんなをつれて教室の入り口へ走った。


「行け! 逃がすな!」


 スーツの男が叫ぶと、他の男達の体から赤い炎があがる。消炭色の毛並みが全身を覆い尽くすと、一声、恨みのほうこうを上げた。


「先、行き!」


 ゆきをかばうように銀次が身構えたとき、背後から鋭く空を裂く。


「ゆき、よぉ言うた」


 真が刀を振り、血をはらっていた。


 

 校舎から聞こえる怒声がさらに大きくなった。

 校庭には、校舎をにらみつけるように、三毛猫に変化へんげした花蓮が鉄球を従え仁王立ちしている。周りにはぐったり転がる狼たち。校庭の中に乗り入れていた藤助は、車のエンジンをブルンと振るわせ始めた。

 校舎の入口から、真を先頭にゆき達が走り出てきた。狼達を従え、駆け寄る仲間が少ないことに、藤助が眉をひそめた時だった。


「おい! こいつはいいのか!」


 声に、目を見張る。

 スーツの男が平太を羽交い締めにし、ゆき達を見下ろしていた。ゴクっと喉が鳴る。それを知ってか、ぺろりと男は舌なめずりをすると、再び嘲るような目をし、叫んだ。


「こっちへこい! 真名井ゆき!」

「来るな! アホ!」


 とたん、首に回される腕がギリギリ、と音を立てて絞め上がる。「……がっ!」と声が漏れた。振り払おうと、平太は足を踏みつけ、すねをり上げる。下半身を振り上げ、思い切り叩きつけるも、スーツの男はピクリとも動かない。むしろ、吊り上げられるような形になった平太から、だんだん血の気が引いていく。


「下手に動くと、つい、絞めてしまうぜ」

「平太!」

「アカン! 折れてまう……!」


 目をむき、口から垂れ始める物が心をせかす。刀をひっつかみ、藤助が車を降りようとした時だった。


「――だから、私にものを言う度胸もないの、ってさっきも言ったよね」


 ゆきがゆっくりと前に進み出ていた。

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