第四夜 5

 里はさながら軍事国家のようだった。


 変化へんげするようになったの時代から現在に至るまで、人狼じんろうは常に人猫じんびょうを目の敵にしてきた。時には町中で、時には里周辺で、いきなり襲いかかる。そして必ず聞いてくる、「新月生まれはどこだ」と。

 度重なる人狼達の襲撃。頼ることのできない人間社会。自力で事態を収拾しなければならない人猫達は、いつしか戦闘訓練をするようになった。そのなかから選び出された「さくしゅう」と呼ばれる精鋭達が、〝おさ〟候補である次の世代の新月生まれの子を守っているのだという。


「今の朔牙衆が藤助さん、真、銀次、それから私」


 布団に横になりながら、花蓮が話してくれた。


「その訓練が結構厳しいの。朔牙衆に選ばれることは、誇りでもあるわね」


 花蓮が天井に目を向けながら、淡々とつぶやく。ゆきも同じように天井を見つめていた。


「じゃ、平太君は?」

「ゆきが覚醒しない場合、あの子が次の〝長〟になる予定だったの。あの子も新月生まれだからね」


 だから、突っかかってきたのだ。


「花蓮、私……」


 花蓮は天井を向いたまま答えた。


「今日は、泣いてもいいよ。でも、明日からはダメよ」


 ゆきはすっぽりと布団をかぶった。もうにじみ始めた目を隠すために。



 かすかに残った月明かりが、憂う細い目を照らす。銀次は縁側に座り、立てた膝にあごを乗せ、庭の池の水面を見ていた。


「どないしたんや?」


 障子を開け、銀次の鼻をつまむと、真はかたわらに腰を下ろした。


「ボク、言い過ぎたかなぁ……」


 昼間、ゆきが下を向いてしまったことが心に引っかかっていた。


「いや。よぉ、言うてくれた。あの子が事態を飲み込めてへんことは事実や。んで、甘いところがあるのも事実や。オレらの先を預けなアカン。強うなってもらわな」


 銀次はくっと目を凝らすと、真にくってかかった。


「ええんか!? 本人にそんな意志がないのに〝長〟にして! それやったら、心づもりをしていた平太を〝長〟にして、ゆきはこのままそっとしといてやる方が……」

「お前、忘れたんか」


 鼻筋の通った人なつこい顔が、歪む。表情の険しさに、銀次は口をつぐんだ。


「あの子はほぉっておいたらアカン。最悪、座敷牢にいれるようなことになってもな」


 真は吐き捨てるように言った。



 藤助は一人、縁側でグラスを傾け、空を見上げている。

 月は、新月を迎えようとしていた――。

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