第四夜 2
屋敷の周辺には結界が張られ、普通の人には見ることはおろか、感じる事さえもできないらしい。
足を一歩踏み入れると、無数の目と合う。
庭のまん中でキャッチボールをする子ども達。寝殿の脇に群生する白詰草を摘む母子。修繕の為に担いだ木を手に、庭を横切る初老の男。昼食の準備のため、青々とした菜を両手に抱えるふくよかな女。縁側に腰掛け、湯飲みに手を温めるのは、老夫婦だろうか。みな一様にぽかんと口を開いて、こちらに視線を注ぐ。ゆきは、視線の主がそれだけではないことに気がついた。
根の片隅。
庭石の影。
屋根の軒先。
木の枝先。――視線の先にいるのは、猫だった。
「みーんな、遠い親戚さんや」
人なつこい顔を少しゆがめ、真がぽつりとつぶやいた。
すると、屋敷の方から一人の男が歩いてきた。五十に手が届くくらいのその男は、ゆき達を見ると、朗らかに笑いかけた。
「おぅ! みんなお帰り!」
「おっちゃん、ただいま。……連れてきたで」
「大きゅうなったな……」
真と挨拶を交わした男は、ゆきをじっと見つめる。その目に浮かぶのは悔恨の情。妙に見つめられ、気おくれしたゆきは、花蓮の後ろに隠れるようにすると、おずおずと頭を下げた。
「とりあえず入り。ばーさまも待ってるから」
五人は連れられて屋敷へと向かっていった。
屋敷の玄関までに、幾人もが遠巻きにこちらを見ていた。
ある者は眉をしかめ、ある者は気の毒そうに。まだ年端もいかない子どもがそばに寄ろうとすると、「行ったらあかん!」と、とっさに母親が引き寄せる。――森の木々。人々の視線。あまりの歓迎ぶりに、ゆきはうつむくよりほかなかった。
一人の老婆がゆきのそばに寄ると、手を握り、さすりながらこう言った。
「つらかったねぇ……」
かたわらの藤助が、ついと視線をそらした。
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