第三夜 4

 二人は藤助の見立て通り、脳しんとうと打撲だった。

 千秋の証言で、警察が呼ばれ事情聴取が行われた。千秋は、始め、銀次を見たとき「実家男! なんなのアレは!」とものすごい剣幕でまくし立て、もう少しで銀次は容疑者にされるところだった。


「むしろ、助けてくれたんだから」

「ハハ。でも、すぐやられてもうたんやけどね」


 ヘラヘラと笑うその姿に、助けに入ったときの凄みはみじんもなかった。


 千秋は「犯人、捕まるといいね」と言い、母親と病院を後にした。


「――捕まらないわよ」


 待合室のベンチに腰掛けた花蓮がぼそりと言う。


「人の姿だけじゃなくて、狼の姿にもなるんだもん。なかなか足取りはつかめないわよ」


 本当のところで警察などを頼りにできないから、じんびょうは、自分達で守る術を身につけたのだ、と――。



「よぉーし! 今日はこのまま藤助のウチで歓迎パーティや!」


 五人はそのままスーパーになだれ込み、食料を買いあさる。藤助のマンションにつくと、「お前ら手伝えよ」と言いながら、藤助は手際よく白菜を刻み始めた。

 〝藤子〟の時は長い豊かな黒髪だが、〝藤助〟の時は金髪かと思われるくらい、色素の薄いショートヘアである。黒髪はウィッグだった。


「コイツのメシはうまいで~。料理はできる、看護もできる。エエ嫁さんになるで~」


 手を動かせ、と言いながらゴチン! と殴る音が、保健室の時より三倍くらい大きく響いた。


 くつくつと煮え立つ鍋に、野菜と魚介類がたっぷりのサラダ。クラッカーにクリームチーズとオリーヴをのせたカナッペ。色鮮やかな食卓に目移りし、誰しもがゴクリと音を立てた。


「いただきまーす!」


 その一言を合図にしん、と静まりかえる。潜む賑やかさと引き替えに浮かび上がるのは、ほわわわっ、とした柔らかい笑顔。――おいしいものに言葉はいらない。


「お! エエにおいがするやんか~!」


 スン、と鼻を利かせながらキッチンに向かった真は、迷わず奥から三番目の戸棚に手をかける。そこにはずらりと酒が並んでいる。またスン、と鼻を利かせると、真は一番高そうな二本を取り出した。


「あ! それ! オレが楽しみに取って置いたやつだぞ!」

「エエやん。こんなときに飲まな、まずくなるで」


 ニヤリ、といつもの笑みを浮かべながら、真は二人分のグラスを片手に戻ってきた。


「ところでさぁ。さっき星田さんの言ってた〝実家男〟って何?」


 花蓮がトマトをモグモグさせながらゆきに問う。「実はね……」と、ゆきが真相を話し始めると、ドッ! とその場がわいた。「アホか!」と、鉄拳を喰らった頭を押さえながら、銀次が恨めしそうに真をにらんだ。


「何するねん! ボク、ケガ人やで! 脳しんとうも起こしたんやから!」


「うるさい! だいたいなぁ……」と真は銀次の横に陣取ると、こんこんと諭し始める。どうやら飲むと説教をするタイプらしい。


(何年ぶりだろう。こんな楽しいご飯って)


 ゆきは、鍋の出汁の滋味深さをしみじみとかみしめた。

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