第三夜 2

庭には平伏する白い狩衣の男。

 御簾みすのむこうからは乾いたせき。

 さあっと一陣、風が庭のすすきをなでると、秋の虫が、何事もなかったかのように心地よく耳をくすぐり始めた。


はるあきら殿、ちこう」


「晴明」と呼ばれた男はきざはし近くまでいざる。今一度呼ばれ、晴明は御簾のそばの簀子すのこに平伏し直した。


「聞かしておくれ」

「お人払いを」


 幸子がそばのものを遠ざけるのを確認すると、晴明はおもむろに口を開いた。


「幸子様のおんやまいは、小野様がしかけた呪いであると先ほど分かりました。忠明様には事の次第が分かるまで、お控えなさるよう申し上げたのですが」

「兄は気ぃの短いお人ですから」


 りん、と幸子の代わりに秋の虫が笑う。乾く唇を湿らせると、晴明は再び言った。


「忠明様がなさったことは、一種の呪い返しです。常であれば、ご自身には何事もないのですが」


 御簾の向こうの気配がにじり寄った。


「何かあるのですか?」

「小野様についている呪術師のたちが悪い。命だけはお守りいたします。が、恐れながら報いは受けると」


 鈴虫。松虫。くつわむし。ささやかながら、それぞれに音を奏で辺りに満ちる。ときおり吹く風にすすきがなびく。幾度もくり返すそれを目の端にとどめながら、晴明は身じろぎもせずに言葉を待っていた。


 ふと、虫の音が止んだ。


「晴明殿、その報い、わらわに受けさせてはくれませぬか」

「しかし……!」

「妾のような身分の低い貴族が、じゅだいなどという誉れに預かれたのも、ひとえに兄上のお力です。今度はそのお返しをしなくてはなりませぬ」


 晴明がなおも食い下がろうとしたが、幸子は身振りで止めた。


「これは、にょうである妾のめいです。聞けませぬか」


 晴明は黙って平伏するよりほかなかった。


 すぐに術式が執り行われ、中務大輔なかつかさのたいふ小野秀直おののひでなおはそれにより命を落とした。だが、高野側にも報いは牙をむく。高野忠明は一命を取り留めたが、もはやまつりごとにたずさわれる体ではなかった。


 そして――。

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