第三夜 1

「何をしはるんです?」


 そばにいた男が懐から何かを取り出す姿を、女は小首をかしげ様子をうかがっていた。

 月明かりに照らされた女の肌は、ぞっとするほど白い。その白さが、病にやつれた頬をより美しく見せていた。


「おやめください!」


 女がにじりより男の手をつかむ。かすかに震える男の手には、ていねいに折りたたまれた、小さな包みが握られていた。


「これしか、そなたの病を癒やす方法がない。ゆき、放しや」


 幸子の手を振り払うと、男は赤い杯に満月を映す。握りしめた包みをそっと開くと、その中には粉がわずかばかり入っていた。小刻みに震える手で、それを杯にぱらりと入れる。男はかたわらに置いていた太刀を少し引き抜き、指を切る。じわりと指に広がる鮮やかな色を見ると、男の喉がごくりと音を立てた。したたる血を杯に注ぎ、その中に酒を満たす。男はなにやら文言を唱え、鮮やかに染まった月を一気にあおった。

 とたん、男は喉をかきむしり、空をつかむ。がっと咳き込み、吐き出された血しぶきが幸子の白い頬に飛ぶ。その生暖かさにわなわなと震え、幸子は辺りはばからず声を上げた。


「たれぞ! たれぞ……!」


 幸子の悲鳴と時を同じくして、駆け込んできた白い狩衣の男は、事のてんまつにさっと顔色を変えた。


「遅かったか」

「兄上が! 早う……早うなんとか……」


 幸子はにわかに激しく咳き込むと、そのまま崩れ落ちた。


 式部大輔しきぶのたいふ高野忠明たかののただあきらは昏睡状態に陥った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る