第二夜 3

その日は帰りが遅くなった。授業のサボりが続いたため、ゆきは居残り課題をさせられていたのだ。


「あーダメだ。手、痛いよぉ」


 ピキピキとしびれる右手をさすりながら、ゆきは校門をくぐった。


 しばらく歩いて、ふと気がついた。


 今日はいつもと感じが違う。いつもなら、人か猫の姿をして、少し後ろを銀次か真がついてくる。しかし、今日は数が多い。気のせいだろうと思い込むために、少し足を速めた。だが、向こうも同じように速めるのがありありとわかる。合わせてくる気配に、ぞわりと鳥肌が立つ。思い切って振り返って見たが、誰もいない。


「だ……誰ですかぁー! やめてくださーい!」


 ありったけの勇気を振り絞り、叫んでみた。そのまま前に進もうとすると、足元にできた影がゆきの足を止めた。


「探したぜ」


 見上げると、一人の大柄な男が立ちふさがっていた。体より大きいTシャツを無造作に着、首からは、ジャラジャラと金色のネックレスをいくつもぶら下げている。ふんぞり返るような姿勢にも関わらす、目はこちらをねめ上げる。男は、口の端だけを上げ、ゆきを凍りつかせた。

 その時、自分の名前を呼ぶ声を聞き、すがるようにゆきは振り向いた。

 千秋だ。

 ただならぬ空気を感じ取り、千秋の表情もこわばる。だが千秋は、ゆきのそばに寄り手を握った。お互い、手のひらが湿ってくる。それを合図に、ゆきは顔を上げた。


「あっ!」


 くうを指差し、そのままくるりと踵を返そうとする。しかし、背にはすでに、似たような風体の男達が回り込み、退路をふさぐ。ぺろっとした舌なめずりが、ゆきの背をぞくっと震え上がらせた。


「アンタ達何!? 実家男の仲間!?」


 千秋がかばんを振り上げる。が、一人の男がその手首をつかみ、ねじり上げる。 そのまま首を腕で締め上げ始めた。


「離して! 千秋を離して!」


 ゆきは男の手にすがりつき、何度も拳を打ちつける。が、苦々しそうに舌打ちをされると、ゆきの腹に鈍い痛みが走る。どんと地に打ちつけられると、砂粒ですれた白い頬に血がにじむのを感じた。


「おい。やめろ。新月生まれはこっちの色の白いほうだぞ」

「そうだったな」


 最初に立ちふさがった男がたしなめると、 千秋をねじ上げていた男は、無造作に手を振るように千秋を振り落とした。


 駆け寄ったゆきは、千秋の姿に目を見ひらいた。力なくぴくりとも動かない千秋を呼ぶ。焦る心が何度も名前を叫ばせる。それでも、ぐったりし、開かないまぶたに、再び黒い影が伸びてくる。ゆきはかばうように千秋の顔に覆いかぶさった。


 その時だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る