第一夜 5
そおっと振り向くと、隣の屋根の上から、得体の知れない影がこちらをうかがっていた。
長い毛。裂けた口。人間ほどの大きさだが、足は四本。かすかな月明かりにぼかされた影が、この小さな体を見下ろしている。危険、というものを初めて皮膚から味わった。
「銀次君、何かいる」
銀次はすでに、細い目をいっそう凝らし始めていた。
「ええか。ボクが合図したら走り。振り返ったらアカン」
「へ? 銀次君、ちょっと……」
「今や!」
同時に、にらみ合った銀次の目の前がゆがむように見えた。言われるがまま走り出したとたん、白い前足に影ができる。――獣はもう一頭いた。
「くそっ! そっちもか!」
銀次がもう一頭もにらみつける。その時、上から白と黒の物体がゆきに覆いかぶさった。
「え! 何!」
「いくで!」
白と黒の物体はゆきの首を口でくわえ、走り出だした。
屋根という屋根を伝い、路地という路地に潜む。細い月が西の空に沈みかける頃、ようやくゆきの部屋の窓に滑り込んだ。白と黒の物体は、鼻でそっとゆきを部屋へ押しやる。それは、腹に光、背に闇を背負ったような、白と黒の毛並みを持つ猫だった。
「おおきに」
銀次がいつものことのように礼を言い、ゆきは訳もわからず、とりあえず頭を下げると、白と黒の猫は黙って闇に消えていった。
「さっきの、なんだったの?」
「野良犬やろ。今日はもう寝ぇ」
ボクも帰るワ、と言うと、脱いだ服に潜り込み、元の姿に戻った銀次は窓からすっと飛び上がってしまう。だが、細い目が警戒を解いていないのは明らかだった。
布団にもぐるが、寝付けそうにもない。答えのない問いかけだけが、ゆきの心をぐるぐると巡り続けた。
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