第一夜 4

そう言ったとたん、銀次の体の輪郭がボオッと光り始める。体に沿って揺らぐ光はまるで、青白い炎をまとったように見えた。まぶしくて思わず目を細める。光が収まり、再び目を向けるとそこに銀次はおらず、制服の白いシャツとグレーのズボンだけがあった。


「竹屋君?」


 シャツがもぞもぞ動く。すると中から、シルバーグレーの毛並みをした猫が一匹現れた。


「ほら、な」

「し……しゃべった!」


 パクパクとおかしな形に口を開くゆきに、シルバーグレーの猫がクスクス笑う。


「ボクは小さい頃からできたけど、キミは最近、猫になれるようになったみたいやな」

「……はい?」


 間抜けな返事をした次の瞬間、ゆきの足元からつむじ風が巻き起こる。ゾワっ、としたその感覚は、足元から全身を吹き抜けようとしていた。


「な……何! これ!」

「あぁ。落ち着いてな」


 吹き抜けた風は体の周りを回っている。強く、螺旋を描くその中で息など、できるはずもない。――そのまま、風で意識が飛んでしまう方が、楽な気がした。


「アカンで! 心をしっかり保つんや! ボク見とき!」


 言われるまま、うつろな目を銀次に向け、その事に集中する。すると、風が穏やかになり、全身が青白い炎に包まれたように光り始めた。しっとりとした感触が手を包むと、不思議に息苦しさがなくなった。視点がだんだん低くなり、部屋の全てが大きく見える。定まると、シルバーグレーの猫と同じ高さになった。


「初めてできたな。意識、保ったまんまの変化へんげが」


 確かに。地続きだ。――夢ではない。


 ゆきはくるりとあたりを見渡した。そして、自分の手を見、鏡に映った自分を見た。そこにいるのは紛れもなく、雪のように白い、猫だった。


「こ……これ、私……!?」

「お! 話せたやん。今日は進歩やなぁ」


 手を動かせば白い前足が動く。足を曲げれば後ろ足が曲がる。なぜが、しっぽの振り方まで分かる。自分の体のあちこちに神経を行き渡らせると、その通りに動かしてくれるのは、鏡に映る白い毛並みの猫だった。


「でも、まだまだ練習が必要やな」

「練習?」


 猫になってもやはり細い目を優しく細めながら、銀次は続けた。


「まず、猫になることをコントロールせなあかん。今みたいに、いきなり勝手になるんじゃなくて、自分がなりたいときになれるようにな」


 なりたいときに。そんな時があるのだろうか。


「今までが奇跡やで。猫になっても、ボク以外の誰にも見つからへんかったんやから」


 まだ慣れていない場合、猫になるタイミングのコントロールができない。そのため、いきなり猫になってしまうこともあるのだ、と。


「授業中。町を歩いているとき。いつなってもおかしゅうなかったんやから」


 細めた目でニコニコ笑う。


 薄気味悪いと思っていた目に満ちていた温かさ。それを感じ取ると、ゆきは、ふわふわとした白い顔を少し傾けた。すると、銀次は目をますます細め、首をくいっと動かした。


「まだ、半信半疑やろ? 表、行こか」


 閉じたカーテンをくぐり抜けると、外はもう夜になっていた。


 先を行く銀次がスタッとベランダの柵に飛び乗る。ゆきもそれに続こうとおそるおそるジャンプをすると、驚くほど軽やかに柵に乗れた。両手足を置くのがやっとの幅を、スピードをゆるめず銀次が行く。ゆきも続く。心はこわごわなのだが、体は恐怖を微塵も感じていない。当たり前のように体を伸ばしても届かない塀に飛び移った。

 そのまま、いくつかの建物を飛び渡り、とある屋根の上にたどり着く。その景色は知っているものだった。


「ここ、昨日来たところだ……!」


 ゆきが感嘆のため息をもらす。

 月がまだ細いせいかあたりは暗いが、その分、町の明かりがぼんやり映える。空の闇と町の灯り。途切れ途切れに入り混じり境目が分からず、浮かんでいるようにさえ見えた。


「な、言うたやろ。夢ちゃうでって」


 夢とうつつの境を猫の姿で渡る。

 そんな錯覚のような現実を、一人で味わわなくてよかった、とゆきは思った。


 ふと、何かの気配が白い毛並みを逆なでした。

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