第五話 本物の笑
転校早々、人に囲まれた。面倒だなぁと思いながらも、笑顔を張り付けてクラスメイトの質問に答える。突然、ガタッと音がした。隣の…名前は何と言ったか。彼が立ち上がって、次の瞬間にはいなくなっていた。
「何よあの人、私たちが来た途端に嫌そうな顔して。逃げなくたって良いじゃんね」
「女々しいって言うか、変わってるって言うかさ…」
「笑ちゃんも、あの人とは関わらない方がいいよ」
あぁ、どこの学校もこんな雰囲気なのか。ここでも友達はできないだろうなぁ。始めから、期待なんかしていないけれど。そう思ったら、張り付けていた笑顔が剥がれ落ちそうな気がして怖くなった。
「ちょっと、トイレに行ってくるね」
「えー、うちらもついて行くよ」
一人にしてよ。お願いだから。
「大丈夫だから。行ってくるね」
どこに行けばいいのだろう。トイレがどこにあるのかすら、知らない。とにかく人がいない所に行きたい。
「こういう時は…やっぱり屋上でしょ」
ボソッと呟いてから、階段を駆け上る。そして、錆び付いた扉に手をかけると、軽く触れただけなのにキィと音をがして、目の前が明るくなった。あれ、誰かいる。動かないけれど、寝ているのかな。様子が気になって近付いてみる。もしかして、隣の席の子…?あ、上履きに名前書いてある。
「高橋…若菜くん?」
そう言えばさっき、高橋くんって呼んだ気がする。
「う~ん…」
どうやら起こしてしまったらしい。彼が動き出した。
「高橋くん、だよね?隣、座ってもいい?」
無意識のうちに声をかけてしまっていた。次に話す言葉が見つからなくて、困った。
「何?櫻井さん」
「あ、えっと…。こんな所で何してたのかなって、思って」
「それは櫻井さんも、同じ」
「はは、そうだね…。高橋くんはさ、何の委員会に入っているの?」
「入ってないよ、何にも。どうして?」
「いやぁ、さっきね、委員会決めろって言われちゃって。あの、熊ちゃんとか呼ばれてる先生に」
「あぁ、委員会の代わりに生き物係をやっているよ」
高橋くんって無表情だなぁ。変な意味じゃあなくて。私も無理に笑はなくていいから、喋っていて疲れない。というかむしろ、楽しい気がする。
「そうなんだ。私も、一緒にやっていい?」
「え?」
「嫌だったら全然いいんだけど」
「そんなんじゃなくて…。櫻井さんみたいな人、今までいなかったから」
「いいの?一緒にやっても」
「僕以外に、誰もいないから。逆に、僕の方からお願いしたいよ。誰かに手伝って欲しかったんだ」
「それじゃあ、よろしくね。ふふっ」
「どうしたの?」
「なんか、お互いにぺこぺこお辞儀しているのが、面白くて。ふはっ、駄目だ止まらないよ」
「櫻井さんのツボ、浅いね」
櫻井さんって連呼されるの、慣れないからむず痒い。
「ねぇ、高橋くん。若菜くんって、呼んでもいい?」
「え…?」
こちらを向いた彼は、頬を真っ赤に染めて、真ん丸な目をさらに大きく見開いて、これ以上ないくらいに驚いた様子だった。
「凄く素敵な名前だなって、思って」
「やっぱり櫻井さんは、不思議な人だなぁ。いいよ」
そう言って、初めて笑顔を見せてくれたのだった。私は若菜くんといると、不思議な気持ちになる。この人と、仲良くなってみたい。そうしたらきっと、毎日が楽しめると思う。あれ、私、いつからこんな風に思えるようになったのだろう。若菜くんのおかげ、かな。彼は私のことを不思議な人だとか言っていたけれど、若菜くんの方がよっぽど不思議だよ。若菜くんのことを、もっと知りたい。
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