第三話 偽りの笑

 ぼんやりと窓の外を眺めていると、車の窓に映るもう一人の自分と目が合う。相変わらず可愛げの無い顔に、うんざりして目を逸らす。隣で運転する母の、ため息が聞こえた気がした。それから暫くの間、車のエンジン音だけが、私の耳を覆っていた。その沈黙を破ったのは、母の冷めた声だった。

「笑、もうすぐ着くわよ」

新しい、学校か。あと数ヶ月もすれば、卒業して、中学生だ。これからまだまだ続くと思うと、笑顔を作るのが面倒くさくなってくる。怒ることだって、笑うことだって、泣くことだって、私にとっては全部嘘だから。どうしよう。人気者の『笑ちゃん』を、続けるべきなのかな。担任の先生に会うまで自問を続けたけれど、結局たどり着いた答えは変わらなかった。『笑ちゃん』をやめる勇気は出なかった。

 担任の先生の後ろ姿を追いかけて、立ち止まったのは『6ー2』と書かれた教室。クラスメイトになるであろう人たちの、視線が痛い。

「皆おはよう。いいニュースだよ」

「なになにー?熊ちゃんに彼女でもできたのー?」

「がっはっは。そりゃいいニュースだな。だが、残念。俺はまだ、フリーだよ。今年も、クリスマスには間に合わなさそうだよ…」

「熊ちゃん、クリぼっちー」

担任のあだ名は、熊ちゃんというのか。見た目からはイメージがつかないあだ名だなぁ。

「俺の話はどうでもいいんだよ。正解は…これだ!さぁ、中に入っておいで」

先生が、こちらに向かって手招きなんてするものだから、再び視線を浴びることになった。仕方なく、重たい足をなんとか動かして、教室の中へと進む。

「おお!転校生か?!」

「可愛い…」

「俺、後で話しかけるー」

こういうの、凄く嫌だ。だけど、それを顔に出すことはできない。ましてや、口に出すことなんてもっての外だ。

「はじめまして、櫻井 笑です。東京から来ました。短い間ですが、よろしくお願いします」

自分の感情を押し殺して、笑顔を作った。作りものの笑いなら、得意だから。

「それじゃあ、櫻井は…高橋の隣が空いているから、そこに座れー。授業始めるぞー」

その日は、沢山の人たちに囲まれたが、上手くかわして乗り切った。

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