あいのカタチ

-ロウルズ視点-



 僕の発言に、その場にいた者達が騒めく。ただ一人、リカルド様を除いて。

 リカルド様は少し困ったような顔をして、諭すように語り掛けてくる。


「王の私が言うのもなんだけど、わざわざ法律を変える必要はあるのかい?」


 隠れてやれば良いじゃないか。そう言いたいのだろう。

 実際にそうしている人は山ほど居て、わざわざそんな事を訴えに来る人はそうそう居ない。

 隠していれば、例え気づいて居ても言及されることはないだろう。


 でも、そうじゃない。そうじゃないんだ。


「はい。あります」


 だから僕は、リカルド様の言葉を否定した。 


「理由を聞かせてくれ」


「禁忌という物は、少なからず人の心に嫌悪感を生み出してしまう物です」


 やってはいけない。だからこそ心が惹かれるように。

 いけないから、それを悪いものとして扱ってしまう。


「僕とトーマスの思いが不変だとは言い切れない。僕以外の人を思うようになるかもしれない」


「そ、そんな事はあり得ません!」


 トーマスが咄嗟に叫んだ。

 叫んだ後、トーマスがすぐさまハッとする。ここは王の御前で、王と話している最中。

 それを叫び中断させるのは、どれだけの事か分かっているからだ。


「し、失礼しました」


「いや構わないよ。今のでトーマス、キミの気持ちも分かったからね」


 青い顔で畏まるトーマスに対し、リカルド様はやれやれと言った感じだ。

 レジスタンス時代は仲が良かったと聞くからこの程度で済んだのだろう。本来ならばここで首を刎ねられてしまってもおかしくない程の事をしでかしたというのに。

 一応上官として、ボクも叱っておくべきだろう。


「トーマス。失言はこれで最後にするのだぞ」


「はい。申し訳ありませんでした」


 急いでいたとはいえ、彼にちゃんと説明をしなかった僕にも責はある。 

 説明したらしたで止められていた可能性があるから、あえて言わなかったのだけど。


「話を戻しますが、同性婚は法律で禁止されている。例えこの法が建前上であっても、それは人の心に重くのしかかります。ですのでどうか法改正をお願いしたく存じ上げます」


「なるほどね」


 リカルド様は組んだ手に顎を乗せ、目を瞑り何か考えているようだ。

 それを僕らはじっと見つめた。


「ザガロ。ロウルズとトーマス以外の兵を下がらせて、少しの間だけ外に出て貰えないだろうか?」


「私も、ですか?」


 兵士を下がらせる、それは重要な話をこれからするという事だ。

 となれば、ザガロ大臣の助言も必要だと思うが。


「あぁ、信頼できる者に扉を任せたいんだ」


「なるほど。それでは優秀な息子マルクに後は任せて、しばし失礼させて頂きます」


 そう言って兵を連れて外に出るザガロ大臣を、マルク様は嬉しいような恥ずかしいような顔で見送った。

 そんな二人の関係が、少し羨ましく思う。父さんもトーマスに対し、あんな風に接してくれたら……。


「さて、本題に移ろう」


 ドアがしまり、兵たちの足音が遠ざかったのを確認してから、リカルド様が口を開いた。


「実は今までマルクにも内密にしていたが、同じような内容をウェンディと相談していた所なんだ」


「ウェンディ司祭から!?」


 驚き口を開いたのは僕だけじゃない。

 ウェンディ様はアルテミス教の大司教だ。

 アルテミス教では女神アルテミスを崇拝し、女神アルテミスが恋した相手は異性であり、同性をその様な目で見る事は無いという理由で同性愛は最大の禁忌タブーとされている。

 もし同性愛だと知られれば、裁判すらして貰えずに死刑にされると聞くほどだ。

 

「あぁ、順を追って話そう。隠れアルテミス教の事は覚えているよね?」


「はい」


 この国でかつて宗教の自由が無かった頃、隠れてアルテミス教を崇拝している者達が居た。

 彼らには革命の際に、宗教の自由を約束し、共に戦う仲間となった。

 後に宗教の自由になった事を知らず、盗賊まがいの傭兵に村や集落を占拠されても助けを求められない各地の隠れアルテミス教徒を、聖人ローレンスが次々と救ったと聞く。


「実はこの隠れアルテミス教徒なんだけど、ローレンスが集落や村を救ったというのに増えているんだ」


「増えているって、それはおかしくないか?」


 口を挟んだのはマルク様だ。

 彼が口を挟むのも仕方がない。宗教の自由が許されているのに隠れてする必要がないからだ。

 隠れてするとしたら、それは良からぬ事を考えている輩の可能性が高い。


「待て待て。殺気立たなくて良い。マルク、気持ちは分かるが話は最後まで聞いてくれ」


「あぁ、すまない」


 おほんと一つ咳をして、リカルド様が話を続ける。


「今いる隠れアルテミス教徒の大半は、同性愛者なんだ」


「同性愛者、ですか?」


「うん。もちろんこの国でも同性婚は禁止されているけど、テミスみたいに死刑になるわけじゃないからね。もしバレても逃げれば良いだけだ」


 この国でならバレた所で、罰せられることはない。禁止されているだけだ。

 テミスで同性愛を隠すより、この国で同性愛を隠す方が遥かに危険は少ないだろう。


 アルテミス教の教えを尊びながらも、同性を愛してしまった人達か……。


「ウェンディにとっては、同性愛者といえど、大切なアルテミス教の信者と考えているそうだ。だからどうにか出来ないものかと言われていてね」


 アルテミス教では禁じられているが、この国では同性婚が認められている。

 それだけで解決する問題ではない。だけど、解決に向けて一歩前進はしているだろう。


「しかし法律を変えるにしても、変えるためのきっかけが無いとどうにも出来ない。法律を変えるために同性婚したい人を募集なんて、国がするわけにもいかないだろう?」


 もしそんな事をしていても、裏があると思って誰も手を上げないだろうな。

 なんとなく、リカルド様が何が言いたいのか見えて来た。


「僕とトーマスに、法改正に踏み込むためのきっかけになって欲しい。という事でしょうか?」


「そういう事になるね。ただそれは辛く厳しい戦いになると思う。色んな人から白い目で見られる事になるからね」


 リカルド様は一息つくと、温和な笑みをトーマスに向ける。


「正直な話、私はトーマスにそんな思いをさせたくはない。そう考えている」


 トーマスの事は、大事な弟分だと思っているから。そう付け足した。

 リカルド様は涼しそうな顔をしているが、王としての自分と、レジスタンス仲間として自分の考えで苦悩しているのだろう。


「こんな言い方をするのはズルイと分かっているが、どうしたいかはきみ達で決めて欲しい」


 しばしの沈黙が流れる。誰もリカルド様に意見する者は居ない。

 決定権は僕とトーマスに委ねられた。


「トーマス。キミは……」


 キミはどうしたい?

 そう言いかけて言葉を止める。

 それを言うのは、責任の放棄でしかない。


 だから、言いなおそう。


「トーマス。僕は君と家族になりたい」


 彼の自由意思を尊重するのも、僕の意見を押し付けるのもどっちも正義じゃない。

 だから、僕の希望を伝える。それが正しいかは分からない。


「ロウルズ様……俺は……俺は貴方と共に、胸を張って歩みたいです」


 トーマスの目から、一筋の涙がこぼれた。

 軽く抱擁をすると、大の男がわんわんと泣き始めた。今まで色々な感情を我慢していたのだろう。

 落ち着くまでこうしておいてやろう。


 最初はリカルド様が、それに続くようにパオラ様も拍手を始めると、釣られるようにマルク様も手を叩く。

 

「そうと決まれば忙しくなるな。リカルド、パオラ。2人の為に頑張るぞ」


「見てみなよパオラ。マルクが誰も居ないと思ってリーダー面し始めたぞ」


「ふふっ。懐かしいですね。レジスタンスの頃を思い出します」


「フンッ。まずは……段取りをここで決めるか」


 マルク様は僕らに気を使って、ザガロ様を呼ぶのは少し待つことにしたようだ。

 ザガロ様達を呼びに行くのは、もうしばらくしてからだった。 



-とある教会にて-



 月日は流れた。

 教会には、かつてレジスタンスだった者達が集まっている。

 皆が教会の椅子に腰を掛け、見つめる先に居るのは白いタキシード姿のロウルズと、同じく白いタキシード姿のトーマスである。


 彼らは腕を組み、ゆっくりと共に歩む。

 そんな彼らに対し、物珍しい目で見る者は居ても、嫌悪感を抱くものは誰も居ない。

 人ごみの中から、コソコソと話声が聞こえる。


「良くこんな教会が用意出来たね」


「隠れアルテミス教徒に建築関係が出来る人が居ったからな。今回の話を聞いて色んな人が手伝ってくれたんよ」


 わざわざマルクが小声で話しかけたというのに、気にもせずトーンを下げずに自慢げに話す男。聖商人ローレンスだ。

 法改正により、同性婚が認められるようにはなったが、その為に式場を貸してくれる教会はなかった。

 法が変わっても、人の意識がすぐに変わるわけではない。聖職者として、今まで禁忌としていた者にとっては特にだ。


 なのでローレンスは自らの私財を費やし、教会を建てたのだ。

 

「あなた。声が大きいのではないしょうか?」


「めでたい席やで。騒がんとってどないすんの!」


「せやせや!ローレンスの言う通りやで!」


 妻であるエストの小言に対し、なおも声を上げるローレンス。

 商人仲間であるミシェランとシーズも、それに賛同するように声をあげる。


 彼らは指笛を鳴らし、イーリス式の祝福をする。がすぐさま中断するハメになる。


「ごめんね~。ビックリしちゃったね~」


 会場内に響き渡る泣き声。マルクとレナの子供であるパオラのものだ。

 まだ赤子、一度泣きだせば簡単に止まる事は無い。


「パオラちゃん。おじいちゃんが抱っこしてあげましょうか?」


 これは孫を抱くチャンスと、ザガロが手を伸ばそうとするが。


「あなたが抱くと余計に泣くのでダメです」


「はい」


 即座に妻に咎められた。こうなっては、ただ羨ましそうな顔でパオラを見つめるしかない。

 必死に泣き止まそうとするレナを、ザガロの妻も羨ましそうな顔で見ている。本音を言えば、彼女も抱きたいのだろう。


 この会場で泣き出しているのは、なにも赤子だけではなかった。 

 

「お前さんも泣き出して、赤子じゃないんだから」


「良い息子じゃないか。ここは胸を張る場面だろ」


 息子の姿に感涙に浸るアンソン。

 そんな彼を赤子をあやすようによしよしと言ってからかうのは、かつては共に騎士団を率いた団長のウーフとボウゼンだ。

 

「パオラが泣いている。ここは私の出番だな」


「はい。分かったから座っていてくださいね」


 立ち上がろうとするリカルドを、大人のパオラが腕をつかみ、その場に座らせる。

 リカルドは仕方がないと言わんばかりに苦笑し、指をパチンと鳴らした。


 すると、一匹の黄金の蝶が赤子のパオラの周りを飛び回る。彼お得意の、古代ルーン魔術を使った何かだろう。

 レナの腕の中で力の限り泣いていたパオラだが、興味が飛び回る黄金の蝶に移るとすぐに泣き止み、キャッキャと笑いだす。 


「全く。騒がしい方々ですね」


 温和な笑みを浮かべ、本日の司教を務めるのはウェンディ……一応ウェンディに似た人という設定になっている。

 本来ならアルテミス教徒としては同性婚を認めていないのだから、ウェンディが出るのはあまり、というかとても宜しくない。

 だが本人たっての希望という事で、表向きではグローリー王国在住の、ウェンディそっくりさんが司祭を行っているという事になっている。 


「コホン。それではロウルズ、トーマス。誓いの儀を始めます」


 病める時も、健やかなる時も。愛すると誓いますか?

 ウェンディの言葉に、ロウルズもトーマスも迷いはない。


「はい。誓います」


 互いに指輪を交換し、そして口づけを交わした。

 会場には拍手が鳴り響く。全ての者が、二人を祝う様に。


「そろそろパーティの準備は良いか?」


 会場が静まったのを確認し、ゴードンが外から教会の戸を開く。

 扉の外には、たくさんのテーブルが用意され、その上には色とりどりの酒と料理がこれでもかと言わんばかりに並べられている。


 この日の為にゴードンは店を閉め、時間ギリギリまで妻と料理を作り続けた。

 教会の中にいる人たちでは、とても食べきれない程の量だ。

 しかし、これだけあっても料理は足りないかもしれない。


「お二人共、結婚おめでとうございます」


 外には同性愛だからと隠れアルテミス教をしていた信者や、彼らの部下である兵士たちが集まっていたからだ。

 アルテミス教の者達は元より、部下である兵士達も心からの祝福に集まっていたのだ。


 兵士達もまた、彼らと同じように同性婚に悩む者も居れば、自らの親兄弟が同じように悩んでいた事を聞かされた者も居る。

 勿論全ての兵士が賛同したわけではない。むしろ賛同者は少数だ。

 とはいえ反対派が多いわけでもない。大体が本人たちが幸せで、誰かに迷惑をかけないなら良いだろうといった感じである。

 

 こうして、彼らは沢山の人に祝福をされながら、グローリー王国で最初の同性婚をしたカップルになった。

 その後の彼らがどうなったかは、あまり詳しく記されていない。後にロウルズは妻を取り、子を作ったと記されている。


 ロウルズとトーマスの間に何があったか知る方法は、今はもうない。

 二人の愛が冷めてしまったのだろうか?


 歴史書にはただ、トーマスは最後までロウルズの傍に居たとだけ書き記されている。 

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