人の世を愛した竜

 一匹の竜がどこへともなく飛んでいく。

 体の至る所から出血をし、羽ばたくごとに血をまき散らしながら。


 牙は砕け、開かれた眼に光はない。

 体中は文字通り穴が開き、飛んでいる事も生きている事すら不思議に思えるほどだ。


 かつて、魔王や皇帝竜と並び恐れられたバハムート。それが一匹の竜の正体だ。

 恐怖の象徴だった竜も、今や全身ボロボロで死を待つだけの存在だ。

 

「私達が亡き後、いずれ復活するであろう魔王と皇帝竜を滅ぼして欲しい」


 長い年月の末に、誰と約束したかすら定かではない約束を果たすため、竜は文字通り命を賭して戦った。

 魔王も皇帝竜も滅ぼし、もはや復活する事は無い。


 だというのに、竜は羽ばたき空を飛び続けた。

 尽きかけている命を燃やし、ただ飛び続ける。


 ‐もしかしたら、魔王と皇帝竜を討伐すれば、誰かが褒めに来てくれるかもしれない‐


 かつて約束を交わした誰か。その誰かが褒めに来てくれるかもしれない。

 勿論そんな事はあり得ない。どのような秘薬、魔術を用意ても死者が甦る事はない。


 竜もその程度の事は理解している。

 それでもと期待してしまうのだ。何百年という長い月日の孤独が、もしかしたらという、ありもしない希望を産んでしまう。

 

 辺りにひと際大きな咆哮が木霊した。

 それが竜の限界だったのだろう。段々と高度を落とし、落下していく。


 ”……ん。へいぼ……っすね”


 意識が消えかけていた竜の耳に、かすかに声が聞こえた。


 ”そりゃあ、舞台や小説と違うから、平凡なのは当然でしょう”


 竜が眼を開くと、目の前に2人の少女が立っていた。

 何の会話をしているのかは、良く分からない。

 

 ”演出よ演出”


 そう言った少女を見て、竜は思い出す。

 彼女はパオラ。そう、かつて共に戦った仲間のパオラだ。


 最期に出会えた事が嬉しくて、彼女に声をかけようとするが、竜は上手く声が出せずにいた。

 それでもと必死にもがく竜の口から、言葉が出る。


「そんなの後で良いよ。ほら行こう」


 そう言ってパオラの手を取った所で、竜の意識は深い闇に落ちて行った。

 竜が最後に見た物は、束の間の幻だったのか、それとも……。


 後世に語られる事無く、人知れず魔王と皇帝竜から人の世を守ったバハムート。

 ひと際大きな衝突音を立て、その生涯を終えた。  

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