禁断の恋 後編
-ロウルズ視点-
「ありがとうございました」
そう言って、憑き物が落ちたような爽やかな笑顔で部下が部屋を出る。
今日も今日とて恋の相談を受けていた。ここの所やけに多い。
どうやら僕に相談をすると、事が上手くいくという噂が兵士たちの間で広まっているのだとか。
「全く」
机に突っ伏してため息を吐く。
上手くいくも何も、毎度背中を押しているだけだ。
ガツンと行け。それ以外にアドバイスのしようがないからな。
ガツン、と言えば、この頃トーマスの様子が変だ。
事あるごとに僕を避けるようになってきている。
何が原因でそうなっているのか分からない。もしかしたら無自覚で彼の逆鱗に触れてしまったのかもしれない。
だが、そうならそうと言って欲しいものだ。もう、お互い遠慮するような仲ではないだろう。
「失礼します」
ノックの後に、声がした。トーマスの声だ。
丁度良いタイミングだ。ここでガツンと言わせてもらおう。
「入れ」
僕の言葉の後、少し間をおいてからトーマスが入って来た。
緊張しているのか、強張った表情で少しせわしない様子だ。
それにやや息を切らしている。ここまで走って来たのだろうか。
「それで、用件は?」
逸る気持ちを抑え、冷静に問いかける。
言いたいことは色々あるが、先に尋ねたのはトーマスだ。なのでまずはトーマスの用件を聞くべきだろう。
「実は、ロウルズ様に折り入って話があります」
「ふむ。話とは?」
「俺、ロウルズ様の事が好きです!」
彼がそう言って顔を赤らめているのは、ここまで走って来たから。だよな?
「あぁ。僕もトーマス、キミの事は好きだ」
全く。今更そんな事を言わなくても分かるだろう。
僕にとってトーマスは大事な仲間だ。
もしかして、そんな事で悩んで距離を取っていたのか?
「違うんですッ!」
まるで癇癪を起こしたように机を叩いたトーマスに、少し驚く。
違うって何が違うんだ? 良いから少し落ち着け。
そう言おうとして、気づいた。
「トーマス。お前、酔っているのか?」
トーマスの息が酒臭い。
まさか、悪酔いした挙句、僕の元へやって来たというのか?
もしそうなら、懲罰ものだぞ。
やれやれ。今回は不問にしてやるから適当に返すか。
軽くため息を吐く。
「トーマス。悪ふざけは……」
「ロウルズ様。俺は本気で貴方を愛しているんです。友達や仲間、それ以上の感情で」
「……そうか」
トーマスと目が合った。
まっすぐに僕を見つめる瞳は、嘘や悪ふざけなど感じさせない。
「すまない。返事は待ってくれないか」
「分かりました」
最後に「失礼しました」と言って頭を下げ、トーマスは部屋を出て行った。
一人、頭を抱えながら岐路に着いた。気が付けば家に戻っていた。
何が「返事はまってくれないか」だ。どの口が「ガツンと行け」と言ってるんだよ。
悶々とした感情が渦巻く。
どう返事すればよかったのだろうか?
法律で同棲の婚姻は認められていないから? いや、そんなのは理由にならない。
法律を遵守するのは大事だ。だが、それを理由にトーマスの気持ちを無下にするのは間違っている。
じゃあ、男同士だから気持ちが悪いからと断るか?
正直に言うと、そこは気にしていない。
もちろん他の奴からの告白ならお断りだ。だがトーマスは別だ。
嫌悪感は特に感じなかった。
ならトーマスとキスをしたり、性交に及びたいかと言うとそんな気持ちは微塵もない。
ただ、一緒に居て欲しい。それだけだ。
しかし、それを伝えたとしよう。
一緒に居てくれたとして、トーマスの気持ちはどうなる?
トーマスが僕を思う気持ちは愛だ。
対して僕がトーマスを思う気持ちは、友情や仲間への信頼のそれだろう。
それだと、彼の愛に応えられるとはとても思えない……。
じゃあ断るか?
……ダメだ。考えても答えが出ない。
「なるほど。それで私に相談に来たのか」
悩んだ結果、僕は父さんに相談する事にした。
父の寝室に向かい、僕は父さんには全てを話した。トーマスの気持ち、僕の気持ち、そしてどうしたいかを。
僕が話す間、父さんは顔色一つ変えず、ただ黙って時折頷いたりするだけだった。
その表情からは、どんな感情を持っているのか伺うことが出来ない。
不安を感じると同時に、話す事で気が楽になる自分が居た。
「そうか」
一通り話し終わると、父さんは腕を組み、一息ついて大きく頷いた。
「ロウルズ。それは決して悪い事ではない」
「はい」
「確かに男色と言うと男同士で体を重ねるイメージがあるが、そんなのは体目当ての貴族達の話だ」
僕が気のない返事をすると、父さんは一層厳しい表情のまま話を続ける。
「兵士同士での男色というのは割とよくある話なんだ。お互いの命をかけて背を預ける。極限化の戦争状態で、目前に死が迫ろうとも笑いかけてくれるかけがえのない仲間。そんな仲間と心で繋がりたいと思う者はいくらでもいた」
もちろん中には肉体的にも繋がりたいと思う者も居たがな、と父さんは付け足した。
「ロウルズ。お前の気持ちもトーマスの気持ちも根本は一緒だと私は思うよ」
「そう……でしょうか……」
「あぁ、だからその上でどうしたいか考えて答えを出すべきだ」
「……分かりました」
お礼を言って僕は父さんの部屋を出た。
トーマスの為に、僕はどうするか……。
翌日。
朝早くから僕はトーマスの宿舎を訪れた。
「ロウルズ様。こんな朝早くからどうしましたか!?」
「すまないトーマス。昨日の返事をしたい。ついてきてくれないか?」
「……ここではダメなのですか?
「あぁ、出来ればついてきて欲しい」
「分かりました」
やや眠そうな顔でトーマスが頷く。
まだ夜が明けたばかりの薄暗い街を、トーマスを連れて歩いて行く。
そしてついた先は、王の間だ。
「こんな早い時間にアポも無しに2人して、何の用だい?」
少し楽しそうな声でそう言って王座で足を組み、僕たちを見るのはこの国の王リカルド様。
その隣で柔らかい笑みを浮かべるのは、王妃であるパオラ様だ。
二人の前にはこの国の宰相であるマルク様と、その補佐をする大臣のザガロ様が控えている。
「早速で恐縮なのですが、実は折り入ってお願いがあるのですが」
「ふむ」
目を細め、値踏みをするように僕らを見るリカルド様。
その目を見て、僕は頭が冷えていく感覚を覚えた。
軽く拳を握ると、手に汗が張り付く。頭は冷えているというのに全身から汗が噴き出し始めていた。
それでも僕は、引くわけにはいかない。
ロウルズ。自分を、自分の正義を信じろ。
「実はトーマスと僕はお互いを想いあっている。しかし法律では同性婚を禁止されている。ですのでこれを撤回するように働きかけて貰いたいとお願い申し上げに参りました」
僕のその言葉に、リカルド様以外のその場にいた全ての者が三者三様に驚きの声を上げた。
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