禁断の恋 中編

-トーマス視点-



 この頃はロウルズ様と話す機会がめっきり減ってしまった。

 理由は単純だ。俺がロウルズ様を避けているからだ。

 最初の内はロウルズ様も、俺が避けている事に気付きながらもいつも通り接してくれていた。

 それでも俺の変わらぬ態度に、段々とロウルズ様も俺を避けるようになっていった。


「はぁ」


 ため息をつきながら街をとぼとぼと歩く。

 宿舎に居ればロウルズ様と鉢合わせる可能性が高い。

 とは言え、外を出歩いてもずっと鍛錬続きだった俺が行くような場所は少ない。

 気づけばいつもの酒場に足を運んでいた。

 

 酒場‐レジスタンス-


 ぶっそうな店名で、憲兵が見たら顔色を変えて有無を言わずに粛清の対象にするだろう。

 だが、この酒場は数年前からあるが、そういった対象になった事は一度もない。

 何故なら国家公認だからである。

 そもそも、この店の名前を決めたのは、国王であるリカルド様だ。


「よう。最近はいつも来てくれるじゃねぇか」


 適当に空いてる席に座ると、陽気に注文を取りに来たのはレジスタンスのマスターであるゴードンさんだ。

 屈強な体に似合わぬ可愛らしいエプロンを付けている。


「あぁ、ここの料理が美味くてね。エールとオススメを頼めますか?」


「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか。ちょっと待ってろ」 

 

 鼻歌交じりに厨房に足を運ぶゴードンさん。

 入れ替わるように、彼と同じ可愛らしいエプロンを来た女性が、俺の席になみなみと注がれたエールを置いた。


「ごゆっくりどうぞ」


 笑顔で会釈をされたので、一言お礼を言って軽く頭を下げた。

 彼女はここの従業員であり、ゴードンさんの妻だ。


 ゴードンさんは革命後。


「頭の悪い俺じゃ、貴族様は務まらねぇ」


 そう言って役職にはつかず、王都で酒場を始めた。

 嫁を迎え、今の暮らしには満足しているらしい。


 夕暮れ時だと言うのに、店内は俺だけだ。

 夜になるとそれなりに栄えるらしいが、店名が店名だ。

 こんな店に入り浸っていれば憲兵に目を付けられるのではないかと怯え、好んで入る客は少ない。


 ゴードンさんの鼻歌と、鍋で食材を炒める音だけが店の中を木霊す。

 エールを一気に飲み干し、空になったコップをじっと見つめる。

 酔って忘れようとしても、ロウルズ様の事を考えてしまう。



 もはや隠し切れない。俺はロウルズ様の事が好きだ。

 この感情は尊敬やあこがれじゃなく、恋というのだろう。





 かつて、村を救ってくれたパオラ様。その姿を見て人々は皆「美しい」と称賛した。

 その意見には俺も同意する。パオラ様は美しい。


 そんな美しくも凛々しいパオラ様に、同年代の子達は恋をした。

 同年代の子達は口々にパオラ様のどこが好きか言い合っていたが、俺にはその感情が理解出来なかった。

 ただただ、美しい女性だなと思うくらいだった。


 その後、村は滅ぼされ、レジスタンスに入ったが、そこでも女性に興味は持てなかった。

 ただ忙しいから、恋にうつつを抜かしている暇がないだけ。そう思っていた。

 ロウルズ様と出会い、そうじゃない事に俺は気づいてしまった。


 初めて出会い、俺の話を真剣に聞くロウルズ様を見て、胸が高鳴ってしまったのを今でも覚えている。

 全てを見透かすような切れ長い目で見つめられるたびに、俺の中で今まで感じた事のない感情を感じた。


 きっと気の迷いだ。

 必死に、そう自分を言い聞かた。


 ロウルズ様と、他の滅ぼされた村を見て回るために共に行動をする内に、自分に嘘をつけないくらいその感情は大きくなってしまった。

 だが、俺もロウルズ様も男だ。


 同性愛は禁忌として扱われており、法律的にも禁止されている。

 貴族の中で、稀に妾の男性は居る。

 もし同性愛者である事を公言すれば、周りからの迫害対象にもなりえる。

 だから、表向きには男性の妾は存在していない事になっている。公然の秘密だ。

 

 もしロウルズ様がただの貴族だったなら、妾になる希望は持てただろう。

 だがロウルズ様はこの国の騎士達をまとめる師団長。


 トップに立つ人間が、自ら法を犯せば問題になる。

 もし問題をもみ消せたとしても、他の騎士達の不信感に繋がりかねない。


 いや、もしそうならないとしても、彼の中の正義が法を犯す事を許さないだろう。


「おうおう、辛気臭い顔してんな。そんな顔してたら、せっかくの美味い料理も不味くなっちまうぜ」


 ゴードンさんが次々とテーブルに料理を運んでくる。

 いつの間にこれだけの料理を作っていたのか?

 ……いつの間にじゃない、外を見ればもう辺りは真っ暗だ。考えていたら、それだけ時間が経っていたという事か。


「あの、この量は流石に俺一人じゃ食いきれませんよ?」


「当たり前だ。客も来ないから、俺達も一緒に食うんだよ」


 俺の対面にゴードンさんが座ると、その隣に奥さんも座った。 

 テーブルには色とりどりの料理が並べられている。

 正直に言えば、宿舎でふるまわれる料理の方が豪勢ではある。

 だけど、ゴードンさんの料理には、それらに負けない温かみがあった。


 酒場だから、どちらかというと濃い味つけの料理が多く、酒が進む。

 だから普段よりも飲み過ぎてしまっていた。きっとそうだろう。そうに違いない。


「あなた。口に食べかすが付いてますよ」


 二人の仲睦まじい姿を見て、俺は泣いていた。


-なんて、羨ましいんだろう-


 自分が泣いている事に気付き、二人にバレないようにしようとしたがダメだった。

 俺はボロボロに泣いていた。


「悩み事があるんだろ。どうしたんだ。言ってみろ」


 慌てふためく奥さんとは反対に、ゴードンさんは腕を組みどっしりと構えて俺を見ていた。

 俺が落ち着くまで、何を言うでもなく、ただじっと待っている。 

 今日の俺は酔っている。だから絶対に誰にも言えない事を、ありのままに話した。

 ロウルズ様に恋をしてしまったと。

 

 一度言葉にしてしまうと、それまで抑えていた感情が滝のように流れる。

 濁流のような感情を上手く言葉に出来ず、取り留めのない内容になってしまっている自覚はあった。

 それでもゴードンさんは、ただ頷いて俺の話を聞いてくれた。


 一通り俺の話を聞いたゴードンさんが、ゆっくりと口を開いた。


「それで、お前はどうしたいんだ?」


 どうしたい?

 決まっている。ロウルズ様にこの思いを伝え、結ばれたい。


「俺はロウルズ様と添い遂げたいです。でも、ロウルズ様は師団長の身……」


「師団長とか、それは関係ないだろう?」


 俺の言葉に、ゴードンさんが口を挟んだ。


「関係なくありません。ロウルズ様には騎士達をまとめ、導く使命が」


「いいや、関係ないね!」


 ゴードンさんに言葉を遮られ、言い返そうとする俺の前に、待てと言わんばかりに手の平を出して来た。


「師団長? ロウルズの正義? そんなもん、なんも関係ない!」


「なんでそう言い切れるんですか!?」


 むっとなって言い返す俺を見て、ゴードンさんはため息を吐いた。


「結局の所、告白して振られるのが、奇異の目で見られるのが怖いから、適当にそれらしい言い訳を見繕ってるだけだろう」


 言葉に詰まった。


「……ええ、怖いですよ。それの何がいけないんですか!」


「何にも悪くねぇよ? ただなぁ……」


「ただ?」


「危険な目にあう可能性は高い上に、革命が成功するって保証が無いって分かっていて、お前はレジスタンスに入ったんだろ?」


 ニヤリと笑みを浮かべ、ゴードンさんは立ち上がる。


「さぁて、今日はもう店じまいだ。帰れ帰れ」


 追い出されるように店を出た。


「ははっ、何がレジスタンスに入ったんだろ。だよ」


 結局の所、偉そうに当たって砕けろと言っただけじゃないか。

 だけど、少しだけ心が軽くなった気がする。

 

 少しだけふらつく体に喝を入れ、俺は宿舎へと走り出した。

 この気持ちと決着をつけるために。

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