禁断の恋 前編
-ロウルズ視点-
諸外国を巻き込んだ革命から数年が経った。
革命直後は、唐突に任命された師団長の仕事に勤しみ、めまぐるしく日々を過ごしていた。
近隣の村や街の治安維持、諸外国へのけん制。部隊の再建など。
いくら父が元騎士団団長とはいえ、それまで僕は一兵卒の兵士でしかなかった。
だから何をするにしても、知識も経験も足りず、手探りのような状態で師団長としての責務をこなしてきた。
決して立派に勤め上げたとは言えない。今思えばもっと良いやり方はあっただろうと思う事は、いくらでもある。
「ロウルズ様。何か良い事でもありましたか?」
僕の隣を歩くトーマスが、少し嬉しそうにそう尋ねて来た。
「いや。なに、昔の事で思い出し笑いをしただけさ」
師団長として色々失敗をしたが、経験を積み、あの頃の至らない自分はもう居ない。
今ではその時の事を、こうして思い出し笑いにするくらい、心に余裕が出て来ている。
そんな風に考えるとまた笑みが零れそうになる。
僕の答えに「そうですか」と言って、トーマスは笑いかけてくれた。
出会った頃はまだ少年っぽさが残っていた彼は、今では軍服を身にまとい、立派な大人の顔つきをしている。
革命後、彼は騎士団に入隊し、レジスタンスに居た頃のように僕と共に行動をしていた。
それを快く思わない連中による陰口やイジメを受ける事も少なくなく、誰も居ない所で泣いている姿を何度も目撃したくらいだ。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでも」
元はただの庶民でしかなく、剣の腕も学も他の者と比べお世辞にも良いとは言えない彼だったが、努力を重ね今では小隊長を任せられるほどになっていた。
今ではトーマスを悪く言う人間は、ほとんどいない。
「なんでもなくはないでしょう」
「なに、平和だなと思ってね」
適当に誤魔化す僕に、やれやれと言った感じでトーマスは追及の言葉をかけてくる。
だけど、平和になったなと思うのは本当だ。
この頃は国が安定し、隊を率いて遠征する事はめっぽう減って来た。
今では出動要請が出ても、対人になる事は少ない。近隣に出たモンスターの討伐が殆どだ。
そして余裕が出て来たからだろう。部下達から相談を受ける事が増えて来た。
「あのっ! すみません、ロウルズ師団長殿……それとトーマス小隊長殿」
「どうした?」
「いえ、相談がありまして」
「ロウルズ様に大事な相談だったら、俺は席を外すが?」
「だ、大丈夫ですッ! もしお時間がありましたら、トーマス小隊長殿にも聞いて貰いたいのですが、宜しいでしょうか!」
「あぁ、構わない」
「それで、僕らに相談と言うのはなんだい?」
恐縮している部下が、これ以上委縮しないように優しく問いかける。
それに対し、部下は「あの」「えっと」「その」を繰り返した。
トーマスの顔に苛立ちの色が見え始めたので、部下に気づかれないようトーマスに苦笑いで顔を横に振った。
こんな時の相談内容は大体決まっている。
トーマスも察したのか、「またか」と言わんばかりの表情で、部下が本題を切り出すのを待った。
「実は気になる女性が居るのですが……どうアプローチをしていけば良いのか分からないのです」
ようやく部下の口から出た相談内容は、恋の相談だった。
「そうか」
うんざりしたような顔でそう答えるトーマス。
だけど、部下はもじもじしながら、そんなトーマスの様子に気づいていないようだ。恋は盲目と言った所か。
この手の相談は、最近になって増え始めた。
恋にうつつを抜かせるとは、それだけ平穏になった証拠とも言える。
「お相手は?」
「その……娼婦なのですが」
「ふむ。ならば見受け金を持って、今すぐにでも行くべきだ」
「で、ですが」
「部下の為だ。見受け金が足りないのであれば、僕が多少は融通してあげても構わないぞ?」
「い、いえ。金銭ではなく、気持ちの問題で。自分は今まで鍛錬と戦ばかりしてきた人間です。そんな自分が彼女と釣り合うのか不安で……」
この手の相談は、大体同じことを言われる。
釣り合うか不安だ。気持ちが自分に向いていなかったらどうしようか。
正直言ってしまえば、そんなもの僕に分かるわけが無い。
そもそも、彼らが欲しいのはアドバイスなんかじゃない。だからここで中途半端な事を言っても、無駄なやり取りが増えるだけだ。
「悩むなッ! お前がそうやって悩んでいる間に、他の奴に先を越されるかもしれないだろッ!」
発破をかけるように怒鳴ってみる。が、部下は眉をへの字にしてこちらを見ているだけだ。
「これは師団長命令だ! 今日、いや今すぐにその女性の元へ見受け金を持って行け!」
「えっ、命令ですか?」
「返事はどうしたッ!」
「は、はいぃ!」
「行け!」
「了解です!」
やっと吹っ切れたようだ。
軍人らしい返事と共に敬礼をしてから、彼は走っていった。
傍らでは、トーマスが「はぁ」とため息を吐いている。
「毎度同じような内容に、同じような回答を良く続けられますね」
「そう言ってやるな。彼らは背中を押して欲しいだけなんだ」
相談なんて建前で、本当はきっかけが欲しい。ただそれだけだろう。
初恋とやらもまだの僕には、理解し難い感情だが。
「トーマス、キミもそろそろお年頃だろう? もしキミも恋の相談をしたくなったのなら遠慮なく言ってくれ。他ならぬキミの相談だ。その時は僕も一緒に、ちゃんと考えてやるから」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げたトーマスの顔が、一瞬だけ曇ったように感じた。
何か気に障るような事でも言ってしまったのだろうか?
その時にちゃんと聞いておくべきだった。
それから段々と、トーマスが僕を避けるようになっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます