ローレンスEND 聖商人
グローリー王国の王都、その先にあるグローリー城。
兵士達が横一列に10人以上並んでも、まだ余裕があるであろう長さを誇る王の間。
そんな広い空間に、今はワイとエスト、ほんでリカルド様とパオラ様の4人しかおらへん。
事前にマルク
とは言うても、完全に人払いをするのを許されるわけがなく、扉の外には師団長ロウルズ、その部下のトーマス、ほんでマルクが待機しとる。
「何の用か分からないが、とりあえずかしづくのはやめてくれるかい?」
リカルド様は豪華な椅子に腰を掛けたまま、少し困ったような様子や。
「わざわざ人払いもしてあるんだ、友人として話がしたい。楽にして欲しい」
その隣で、同じように豪華な椅子に腰を掛けているパオラ様が、リカルド様の言葉に同調するように頷いている。
頷き返し、ワイが立ち上がるのに合わせてエストも立ち上がった。
「せやな。じゃあ友人としてお願いに来たんやけどええか?」
務めて明るく、いつもの口調で話しかける。
「ははっ、無理に明るくしゃべらないでくれよ。暗殺にでも来たのかと思って怖くなるじゃないか」
「堪忍してや。リカルド様を暗殺するくらいなら、テミスを攻め滅ぼす方がまだ楽ですわ」
そう言ってお互いわろてみるが、冷や汗が止まらん。
軽口のはずが、刺すような視線のせいで軽口には思われへん。
もし、一つ答えを間違えれば、即座にワイの首が飛んでしまいそうな感覚に襲われながらも、話を続ける。
「実は、死神の鎌の事で相談がありまして」
「ふむ。そういえば彼らはどうしているんだい?」
「一人を除いて、それぞれ希望する道を歩き出してんよ」
「そうか。ローレンスに任せて正解だったようだね」
そう言って、リカルド様がチラリとエストを見る。
「それで、今回の相談はローレンスの隣に居る子の事かい?」
「せや」
リカルド様の言葉に頷き、隣に
「リカルド様、パオラ様、お久しぶりです。私は死神の鎌の一人、エストと申します」
エストは一度深く頭を下げた後、深くかぶっとるフードを外した。
「……ふむ」
「まぁ……」
リカルド様とパオラ様は、エストを見て驚きの表情を浮かべる。
「その顔……私?」
立ち上がったパオラ様が、ゆっくりとエストに近づき、色んな角度でまじまじと見つめる。
無遠慮に見つめられ、エストはどう反応してええか分からず、伏し目がちに目を逸らしとる。
「どういう事か、説明してもらっても良いか?」
「勿論や」
ワイはエストが死神の鎌で、パオラ様の囮役の為に顔を変えた事を説明した。
リカルド様もパオラ様も、囮役の為に死神の鎌が顔を変えとることまでは知らんかったらしく、驚いた様子やった。
「というと、ジュリアン兄さんと同じ顔の者も居るのか?」
「
「それでは、カチュアお姉さまと同じ顔の者は?」
「そっちは急な婚約破棄やったさかい、囮役を作る前に死神の鎌がこっち側についたからおらへんよ」
「なるほど」
リカルド様はパオラ様とエストを交互に見た。
「相談というのは、彼女の顔がパオラそっくりにしてあるという事か」
「せや。顔を戻すっちゅう選択肢があるにはあるけど、ヘタ打つ確率の方が高く、失敗すれば一生モノの傷が顔につく」
「それは、女性としては問題だね。パオラ、君はどう思う?」
パオラ様にそう尋ねるリカルド様の顔は険しかった。
っちゅうのに、パオラ様はそんなリカルド様の表情など気にも留めず、ごっつニコニコとしとる。
「私は構いませんが……それよりもエストさんをお借りしても宜しいでしょうか?」
ええよ、とワイが返事をする間もなく、パオラ様はエストの背中を押して既にドアの前まで来とる。
「パオラ。一体どうした……えっ? パオラが2人!?」
「理由は後で説明するから、3人は私の部屋の前まで待機してる兵たちの人払いを今すぐ済ましてきて」
「あ、あぁ」
パオラ様は強引にエストを引き連れ、そしてバタンとドアが閉じられた。
外からは、焦った様子でマルク達が兵士たちを下がらせとる声が聞こえる。その声も段々と遠くなってすぐに聞こえなくなった。
「あー、すまない。エストは多分大丈夫だ。あの様子だとパオラの着せ替え人形にされて遊ばれるだけだから」
「さいでっか」
パオラ様も年頃の女の子っちゅう事やな。
重い雰囲気が少し軽くなった気がする。がそれは気のせいやった。
ドアから視線を戻そうとしたところで、背中に硬い物……多分剣を押し付けられた。
「振り返るなッ!」
えっ、ほんま急になんで?
振り返ろうとした体を前に戻し、ピンと背筋を立て両手を上にあげ降参のポーズを見せる。
背中から襲い掛かる殺気に、振り返りとうても振り返ることが出来ず、ただドアを見つめるしか出来ひん。
「さてと、いくつか質問させてもらう。もしはぐらかしたりしようものなら覚悟するんだな」
生唾を飲み込み、返事をしたいが上手く声が出ず、必死に首を縦に振る。
「彼女の顔を戻さない本当の目的はなんだ?」
「べ、別にやましい目的なんかあらへんで!」
「ほう。エストはパオラと瓜二つだ。もし彼女が本物の聖女だったと言って回れば、国家転覆だって狙えるんじゃないか?」
「無理やろ! あんさんに敵うわけないやんけ!」
「確かにそうだろう。だが国力を疲弊させることは出来るはずだ。その隙に周辺諸国が力を合わせて攻撃すれば、私もろとも打つことは可能だろう?」
「待ってや。なんでそんな下らんことの為に、ワイが命張らねばあかんねん」
必死に声を出してみるが、奥歯がガチガチとなる音が、いやに頭に響く。
自分がちゃんと喋れとるか不安になり、段々と返事をする声が大きくなっていくのが自分でもわかるくらいや。
「そうだな。ローレンス、貴方は自分の命が大事にする人だ」
「せやろ!? せやろ!?」
「では、何故エストの顔をそのままにしておいた?」
「せやから、それをするとエストの顔の傷が残るやろ!」
「別にエストの顔に傷が残っても、自分の命が大事なら顔を変えさせたはずだろ?」
確かにその通りや。
せやけど……。
「どうした。はぐらかすつもりか?」
あーもう、やけくそや。
「エストが好きだからに決まっとるやろ!」
「ほう、それは本人に伝えたのか?」
「……伝え取らん」
「何故だ?」
何故と言われ、ワイは視線を下に向けた。
視線の先には、でっぷりと肥えた腹が見える。
「見てみぃこのだらしがない腹を。いやらしい顔つきを。昔はこれが自慢やった。商売が上手い証拠やと言って、ホンマ自慢の体やった」
ポンポンと軽く腹を叩くと、弾力で手が跳ね返った。
「せやけど、パオラ様の言葉で少しづつ思い直させられた。ウェンディに言われ手を洗う時、たまにパオラ様も来ることがあったねん『手は綺麗になりましたか?』って」
リカルド様は何も言わん。
「気づけばそんなパオラ様に段々と惹かれた。けどパオラ様にはリカルド様が
「それは、パオラと顔が一緒だからか?」
「最初はそうやったかもしれへん。せやけど一緒におる内に、顔だけやのうて、エスト自身に惹かれていったんや」
「好きな女性と同じ顔の女性が自分の世話をしてくれるわけだから、そうなるのも仕方が無いか。だったら尚更好きだと伝えるべきではないのか?」
「そないな事出来るか! 見てみぃ、醜く肥え太ったおっさんやぞ! 両手なんて汚れ切って何一つええ所なんてあらへんで!」
自分の悪い所は自分が一番知っとる。せやからこそツライ。
もう少しリカルド様やパオラ様にはよ出会うていれば、自分は変わっとったかもしれへん。
やけど、もう遅いんや。
そんな後悔で涙が出そうになるのを必死に堪える。
「そんなこと、ありませんよ」
抑揚のない声が聞こえた。
そして、背中に突き付けられている硬い感触が無くなったと思ったら、不意に後ろから抱きしめられた。
思わず振り返る。ワイに抱きついてきたのは、エストやった。
「例えパオラ様の代わりでも良い。ローレンス殿のおそばに居させて欲しいです」
「エスト、さっきパオラ様と一緒に部屋に行ったんちゃうんか?」
見渡すと、エストだけやのうて、パオラ様にマルク、ロウルズ、トーマスまでおる。
パオラ様は手で口を隠し「まぁ」と嬉しそうに微笑み、その隣でリカルド様がイタズラが成功したガキのような笑みを浮かべとる。
「いやぁ、古代ルーン魔術の転移魔法って便利だろ?」
ちょっと待て。
ちゅうと、ワイはまんまと一杯食わされたって事か?
「えっ、いつからなん?」
「んー。いつからっていうか、ほぼ最初から?」
リカルド様はそう言って笑うと、事の顛末を話し始めた。
どうやらワイの元を去った死神の鎌達は、リカルド様にエストの顔の事やらを伝えとったらしい。
リカルド様はそれをどうこうするつもりはないから、気にしてへんと伝えようと思うたが、下手にワイを呼び出したら警戒される可能性があった。
せやからウェンディや他の会頭に、もしワイが相談にきたらすぐにリカルド様に処へ行くように促すようにと言われてたのだとか。
「それにしてもローレンス様は少し鈍すぎですよ。エストさんがなんで最後まで残って、命の危険も顧みず顔を変えずにいたと思うんですか」
「えっ、なんで?」
「エストさんがローレンス様の事が好きだからに決まってるじゃないですか」
思わずエストを見ると、エストはワイに抱き着いたまま「はい」と答えた。
「どうして男の方というのは、乙女心に関してこうも疎いのでしょうかね?」
パオラ様のその問いに、男連中は全員目を逸らした。
目を逸らした理由は知っとるが、自分もその仲間入りをしとるのだから何一つ笑えん。
はぁ……。まぁワイとエストの問題は解決でええけど、まだ問題が残っとる。
「せやけど、エストの顔は」
ワイの言葉を、リカルド様が遮った。
「あぁ、それならしばらくパオラのお供にエストを付かせて周りに見せよう」
見せるって、見せたら危ないのに何言っとるんや?
「変に隠すから皆知りたがるんだよ。パオラのお供につかせ、エストについて聞かれたら『内緒です』と意味深に答えればいいんだよ」
「内緒ですって、そんだけでええんか?」
「そうすれば皆、パオラの身内だけど訳アリと勘ぐってそれ以上追及してこないだろう」
「せやけど、それでも調べようとしてくる奴がおるかもしれへんで?」
「そんな事するのは、何か良からぬ企みを考えてる連中だろうから、ひっ捕らえて尋問するだけさ」
なるほど。本来の囮役にもなるわけか。
まだ不穏分子は残っとる。それらを炙り出すことも出来て一石二鳥になるな。
「あぁ、そうそう。それとローレンス。貴方にはこの国に残る隠れアルテミス教の方達を救ってきてもらいたい。革命が起きて宗教の自由を認められた事を知らず、いまだ傭兵崩れに支配されている村がいくつか存在するらしい」
「……はぁ?」
「聖人ローレンスとしてグローリー王国の民を救ったお礼に、パオラの身内を送り出す。これで解決だ」
「ちょっと待った。急すぎるやろ!?」
「国を安定させようとすると、どうしても末端の村や集落。隠れ住んでる人たちまで手が回らなくて困っていた所なんだ」
「リカルド様。父上、及び退団した騎士団長達を連れてまいりました」
「よし、聖人ローレンスの門出である」
ロウルズの後に続いて部屋に入って来たんは、かつてこの国の騎士団を率いとった騎士団長アンソン、ウーフ、ボウゼン。
そして3人がかりでワイの体をがっしりと掴むと、そのまま無理やり歩き出し始めた。
助けを求めるようにエストを見ると、パオラ様に耳打ちされ頷いているのが見えた。
「ローレンス殿。頑張ってください」
相変わらず抑揚のない声や。
せやけど今のワイを奮い立たせるには、それが一番の声かもしれへんな。
「おう。待っとれ。帰ったらすぐに式を上げるさかい、パオラ様に何を着るかちゃんと相談しとくんやで!」
おっさん達を振り払い、ワイは自らの足で歩き始めた。
その後、グローリー王国内を歩き回り、元騎士団長らと人々を救って周った。
いつしか、聖商人なんて恥ずかしい二つ名がつけられるようにまでなった。
旅を終え城に戻る。
ワイは、エストが心変わりがしてへんかだけが不安やった。
「お帰りなさいませ、ロー……あなた」
そんな不安をかき消すように、あの時と変わらん声で、エストはワイを出迎えてくれはった。
「おう。待たせたな」
今のワイの手。
お前を抱けるくらいには、綺麗になっとるかな……
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