15.平凡令嬢、バハムートと戦う。

-パオラ視点-



 私達は今、険しい山道を歩いています。

 宗教国家テミス。イーリス王国と隣接する土地ではありますが、国家同士の交流はあまり耳にしません。

 理由は多々ありますが、最たる理由は聖人と商人。お互いの考え方が違い過ぎるのが原因です。


 イーリスの商人は、大半が神の存在を信じてはおらず「そないな物に金を支払うつもりはあらへん」と豪語しているため、テミスでは目の敵にされています。

 神への冒涜。これはテミスでは重罪にあたります。なので、イーリスの商人は好んでテミスには行きたがりません。


 ですが、テミス、イーリスの国家間の仲が悪いというわけでもないようです。良いわけでもありませんが。

 お互いに不干渉を決め込んでいるからでしょう。


 土地同士が隣接していると言っても、お互いの国境付近は山や谷で覆われているために、交通も決して便利とは言い難い状況です。

 軍隊は元より、商人ですら好んで山や谷に入るルートは選びたがりません。隣接しているにもかかわらず移動がしづらい。これが国家間の争いがない理由でもあります。


 なので普通は向かうのでしたら、どちらも一度迂回するためにヴェラ王国に入ってから、向かいます。

 とはいえ、道中にはヴェラの商業都市がありますし、そこまで無理をしてテミスで売るような物はないため、イーリスからテミスへ向かう商人はほとんどいません。


 そして、この山道を使われない一番の理由が、今私たちの前に居る漆黒のドラゴンバハムートです。


「人間よ。今すぐ去るなら見逃してやろう。もし、ここが我の縄張りだと知って来たのであれば、容赦はせぬぞ」


 他の生物とは、一線を画す生物の一つとして知られるドラゴンですが、こちらのバハムートと呼ばれるドラゴンは、それらのドラゴンですら可愛く見えるような程に強大で凶悪な見た目をしています。

 口から放たれる低音は、それ自体が魔力を帯びているのでしょう。

 もし無防備なまま受ければ、気絶しかねないほどです。


 私やリカルド様には対した効果はありませんが、マルク様には酷だったようです。

 青い顔をして、その場でうずくまってしまいました。


「ほう……。貴様ら2人は、我の声を聞いても臆せぬか」


「はい。ですがマルク様の体に障ります。出来れば声のトーンを下げて頂けますでしょうか?」


 私がお願いすると、バハムートは笑い声をあげます。

 それに合わせて、マルク様の容態が悪くなっていきます。


「断ると言ったら?」


「押し通るまでです」


 気が付くと、リカルド様は既に剣を引き抜き構え、バハムートに睨みつけていました。


「パオラ、君はマルクと下がっていてくれ」


 這いずるように、下がっていくマルク様が必死に声を出します。


「……。いや、俺の事は、気にせず、パオラ、君は戦って、くれ」


 私も短剣を引き抜き、魔力を込める。 

 魔力でも込められた刃が伸びていきます。


「バハムート。私出来れば無用な殺生はしたくありません。このままここを通していただく事は出来ませんか?」


「フハハハ。かつては魔王や皇帝竜と肩を並べた我相手に無用な殺生とは、強気に出たな小娘。良いだろう、その発言分くらいは我を楽しませて見せるが良い!」 

 

 どうやら交渉は決裂のようです。

 魔王や皇帝竜と肩を並べたと言われても”そのくらい”なら、私もリカルド様も既に超えています。


 もしかしたら私やリカルド様も、自らを平凡と気づかなければ、このように驕っていたかもしれません。

 リカルド様を見ると、目が合い、そしてお互いに苦笑をしました。リカルド様もきっと、同じ事を考えていたのでしょうね。


「いくぞ!」


 リカルド様が踏み込むと同時に、姿が消えていました。

  

「ぬおっ、ぐああああああああああああああああああ!!!!」


 断末魔のような声が聞こえると同時に、リカルド様の手によって、バハムートの羽が少しづつですが切り刻まれていきます。

 両腕や尾を払い、必死にリカルド様を払いのけようとしますが、リカルド様は避ける姿勢を見せません。

 むしろ、向こうからエモノが来たと言わんばかりに、次々と切り刻んでいきます。


「人間ごときが、ふざけるなぁあああああああああ!!!!!」


 このままでは不利を悟ったのでしょう。

 高速で空へ飛び上がりました。


「パオラ。刃を飛ばして狙うことは出来ますか?」


「はい! もちろんです!」


 えいっ! と掛け声とともに短剣を勢い良く振ると、魔力で出来た刃が横凪に、まっすぐとバハムート目掛けて飛んでいきます。

 飛ばす際に魔力を込めたので、飛んで行く刃は、私の身の丈よりも遥かに長いです。


「その程度、我にとってかわす事など容易……なにぃ!?」


 私の刃は、確かに空中で軌道を変えたバハムートに避けられました。

 避けられたはずだったのですが、見事にバハムートの右羽を捉え、切断に至りました。


「古代ルーン魔術による転移魔法の応用さ。便利だろ?」


 得意気に笑うリカルド様。


「貴様ら、許さん。許さんぞおおおお!!!!!」


 羽をもがれ、それでも空を飛び続けるバハムート。いまだ飛び続けていられるのは、空を飛ぶのに羽ではなく魔力を用いているからでしょう。

 苛立った感じのバハムートの口に、一瞬火が灯りました。


「これは不味い」


 リカルド様が叫ぶと同時に、バハムートの大きく開け広げられた口から放たれた炎で、辺り一面燃え盛りました。


「危ない所でした」


 辺り一面を氷漬けにすることによって、何とか山火事は防げました。

 流石にこれだけの広い山奥なのですから、もし燃え広がってしまっては消火が困難になってしまいます。


「攻撃するにしても環境を考えてください! 一歩間違えれば山火事になるところだったんですよ!」


「あの……我は降伏するんで、勘弁して頂いても宜しいでしょうか?」


 リカルド様の結界で守られた私達を見て、どうやらバハムートは完全に戦意を消失したようです。

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