16.平凡令嬢、宗教国家テミスへ着く。
「リカルド様。風が大変気持ち良いですね」
「そうですね。こんなに気持ち良い風は初めてです」
「……恐縮です」
私達は今、バハムートの背中に乗って空を旅しています。
先ほどの戦闘で説得に応じてくれたバハムートに、私達の旅の目的を話しましたら。
「それでしたら、我が乗せて行きましょうか?」
と提案して頂いたので、それに甘えることにしました。
空から見る景色は本当に素敵です。
山間に住む集落や遠くの町が見え、自分たちが歩くとなるとうんざりするような山々も、上から見れば最高の景色に様変わりします。
そして、普段見上げているだけの雲も、今は手を伸ばせば届きそうなほど目の前にあるのですから。
「パオラ……はしゃぐのは良いが……その、色々と危ないぞ」
「マルク様は心配性なのですね。大丈夫ですよ。リカルド様の結界があるので、そうそう落ちる事はありません」
私はその場でぴょんと軽く跳ねて、安全性をアピールしました。
というのに、マルク様はカエルのようにバハムートの鱗にへばりついたままです。
そもそも、顔を赤くして目をそらしたまま私を見てすらいません。
「大変申し上げにくいのですが……。パオラ、下着が見えていますよ」
「えっ……」
バッ!
私はたまらず、その場に座り込みました。
確かにこれだけ風が吹いているのですから、スカートから下着が見えてしまうのは当然です。
空の旅に浮かれ過ぎて、はしたない所を見られていたと思うと、顔が熱くなっていきます。
もしかして、リカルド様にも見られていたのでしょうか!?
「ははっ、安心してくれパオラ。私は君のピンク色をした、可愛らしいレースの下着は見ていないからね」
そう言うと、リカルド様は笑ってウインクをしました。
「~~~ッ!!!」
抗議したくても、うまく声が出せません。
力づくの抗議に出たくても、立ち上がれば風で私の下着があらわになりますし。
悔しさのあまり、地面をドンドンと叩き、リカルド様を恨めしそうに睨みますが、どこ吹く風といった感じで笑われるだけです。
「あの、真剣に痛いので。やめて貰って良いですか?」
「あっ、すみません」
リカルド様の笑い声だけが、空に響きました。
しばらくすると、街が見えてきました。町の中心にある大きな建物は、礼拝堂でしょう。
となると、あそこが目的地である、宗教国家テミスにある宗教都市テミスでしょう。
ローレンス様に教えて頂いた情報を元に、空から大司教ウェンディ様の邸宅を探します。
他の建物より大きく、門には祀られている3体の女神の巨像がある家だと聞いていたので、すぐ見つけることが出来ました。
しかし、なにやら様子が変です。
建物を覆うように、武装をした兵士がその周りを囲んでいます。
それに、兵士たちの格好は、テミスの軍服ではなくヴェラの軍服を着ています。
「リカルド様。何やら様子がおかしいです!」
「あぁ、そうだな。バハムート、急いで像がある家に向かってくれ!」
「了解した」
バハムートが加速し、勢いよく門の前に着地します。着地と同時に私とリカルド様は背中から飛び降りました。
砂埃が舞い上がり、周りからはざわめく声が聞こえ、「静まれいっ!」と一際大きな声と共に、辺りはシンと静まり返りました。
軽く風魔法で砂埃を飛ばします。視界の先に居たのは、見間違いではなく、まごう事なきヴェラの兵士たちです。
なぜ彼らが、こんな侵略まがいな事をするのでしょうか?
ザッザッザと足音を立て、他の兵士とはやや趣の違う、意匠の凝らした格好の方がこちらに歩いてきます。
兜をかぶり、顔はフルフェイスの為見えませんが、その恰好から兵士達を指揮する隊長だという事が伺えます。
「……リカルド様、なぜ貴方様がここに!?」
彼は即座に片膝をつきました。
表情は判りませんが、声色から驚きが伝わってきます。
彼がリカルド様の名前を出し片膝をつくと、他の兵士たちもそれに倣いました。
「それはこちらのセリフだ。何故テミスにヴェラの兵士を引き連れている? もしや、侵略でも始めようというのか? アンソン」
アンソン様。名前だけでなく、何度か姿も見たことはあります。
というと彼はヴェラ王国にある3つの騎士団の一つ、王国騎士団の団長アンソン様でしょうか?
それ程の方が、わざわざ兵を引き連れてテミスまで来ているというのは、ますます理解しかねます。
「皇太子であるジュリアン様の命を受け、大司教ウェンディを保護せよと言われ、ここに参上した次第であります」
「そうか……。悪いが我々も大司教ウェンディに用がある。引いては貰えぬか?」
「申し訳ありませんが、引くわけには行きませぬ」
「どうしてもか?」
「はい。例え相手が誰であろうとも、邪魔をするならば排除しても構わないと承っております。なので例えリカルド様といえど、どうしてもと言うのであれば……」
アンソン様が立ち上がり、剣を手にかけようとした所で、バハムートが顔を近づけ鼻息を吹きかけました。
鼻息の勢いで、アンソン様のマスクが、ピューとどこかへ飛んでいき、少し間をおいて金属音が鳴りました。
「……。話し合いをしましょう」
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