第2話 コンビニのうぐいすちゃん

ある晴れた日の夜、ある街のコンビニ。


Yは近所のコンビニに来ていた。


平日の仕事帰りの夕方は、たいていこの「オーソン」に寄って晩飯を買って帰る。


晩飯と言ってもお弁当だったり、カップ麺だったりと

特に毎日代わり映えしない。


体重を気にして、最近はサラダも買うようにしている。


体重を気にするなら、そういう食事を見直して自炊すればいいのだが、

なかなかそこまでのやる気が起きないまま

ずるずるとコンビニ通いを続けていた。


Yがここに通うには、もうひとつ理由があった。


お気に入りの店員がいるのだ。


最近入った若い女の子で、かわいくて愛想が良い。


レジでの会計のほんの束の間のやり取りで癒やされるで

Yはここに来るのが楽しみだった。


名札に鶯(うぐいす)と書いてある。


本名なのかそれとも偽名なのかはわからない。


ストーカー被害とかあったら大変だし、やっぱり偽名かな、とYは思った。


Yは彼女の事を心の中で「うぐいすちゃん」と呼んでいた。


彼女は毎日出勤しているわけではないが

今日はうぐいすちゃんの出勤日のようだ。


今日も佇まいからして可愛い。


茶髪のストレートの髪を後ろで一つくくりにしている。


マスクの顔しか見たことがないので

顔がかわいいかどうかはわからない。


しかしそんな事はどうでもよかった。


たとえ鼻と口がなかったって

うぐいすちゃんはかわいいのだ。


かわいいにもいろいろある。


とびきり元気だったりとびきりかわいいと親近感がわかないが

うぐいすちゃんはちょうどいいのだ、などと思いにふけるYであった。


Yが来るこの夕方の時間、

このコンビニにはうぐいすちゃんの他に、もうひとり店員がいる。


名札に田丸と書いてある若い男だ。


そして田丸の名札には、名前の上にさりげなく「リーダー」と書いてある。


Yは心のなかで、田丸をリーダーと呼んでいた。


Yはリーダーが嫌いだった。


まず、リーダーはうぐいすちゃんに馴れ馴れしいのだ。


うぐいすちゃんが素直なのをいい事に

客がいてもお構いなくヘラヘラしながらずっと話しをている。


業務の話しならまだしも、休みの日は何をしているかとか

どんな音楽が好きかとか、完全にセクハラじゃないか。


俺もその話し聞きたい。


でもうぐいすちゃんは声が小さくて、リーダーの声しか聞こえてこない。


うぐいすちゃんは話している間、ずっとリーダーの目を見ている。


背が低いうぐいすちゃんが、背の高いリーダーを見上げている。


うぐいすちゃんとの長話しも許しがたいが、

うぐいすちゃんとの距離が近いのも気に食わなかった。


ちょくちょく肩が当たっているではないか。


肩だけでも許せないのに、万が一おっぱいが当たったらどうするんだ。


ひやひやするじゃないか。


極めつけは、狭いレジカウンターですれ違う際に

うぐいすちゃんの両肩を、ごめん通るね、などどほざきながら

完全に触っているではないか。


もはやセクハラを通り越して性的暴行だ。


うぐいすちゃんが何も言わないからと、やりたい放題だ。


全くもって許せん。


いつものように弁当とサラダをかごに入れ、

普段は食べないヨーグルトなんかもかごに入れる。


もしかしてうぐいすちゃんが


「これおいしいですよね」


なんて声をかけてくるかもしれない。


食べたことがないので答えようがないなあ、

なんて答えようかなあ、などと妄想しながら

レジの列に並ぶ。


ここは注意が必要だ。


並ぶタイミングを間違うと、リーダーのレジに行ってしまうことがある。


そうなったら地獄だ。


オアシスにたどり着けなかった旅人同様、

きっと俺は明日の朝日を見ることはないだろう。


Yは慎重にタイミングを測り、見事うぐいすちゃんのレジでの会計となった。


「すみません、袋を1枚お願いします」


Yがうぐいすちゃんに言う。


はいわかりました、とかわいらしく答えるうぐいすちゃん。


「1017円になります」


財布を見ると、千円札と、小銭だたくさんある。


出そうと思えば、1017円ちょうどで払える状態だ。


しかし、Yは1100円をトレーに置いた。


ちょうどだと、うぐいすちゃんからお釣りをもらうアクションが無くなってしまう。


「83円のお返しです」


そういうとうぐいすちゃんは、小さな手をYの手にそっとのせ小銭を返した。


Yはどきりとした。


今、確かに指と指が、手のひらと指が触れ合った。


人間に触れるなど、何年ぶりだろう。



土日に行くスーパーのレジの女性は

両手でレシートをピンと張り、その上にすべての小銭を載せてくる。


一歩間違えば小銭は床に散らばってしまう。


そんな危険を犯してまで触れたくないのがおっさんなのだ。


なのに、うぐいすちゃんは、愛想が良くてかわいいだけでなく

人間として接してくれた。


もはやうぐいすちゃんなどと軽口のようなあだ名で呼ぶことは許されない。


今日からは、女神うぐいす大明神様とお呼びしよう。


Yは、女神うぐいす大明神様に1万円くらいお布施したい、と思った。

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