おっさん課金法

@noghuchi

第1話 Yと女性とおばさん

ある晴れた日の、東京都のある街。


日曜日の今日、たくさんの人が行き交う中に


Yという名のおっさんがいた。


Yは自分の住むアパートからほど近い公園に向かって歩いていた。



会社で受診した定期健康診断の結果がよろしくなく

メタボにコレステロールに血糖値におまけに腎臓には石があるという。


不摂生を反省したYは、晴れた休日にはできるだけ歩く事にしたのだった。


Yはあまりモテない人で、四十半ばにしてこれまでずっと独身だった。


彼女なる者は何度かできた事はあるが全然長続きしない。


Yはマメではないし、グルメでもないし、おしゃれでもない。


取り立てて言うほどいい奴でもないが、それほど悪い奴でもない。


Yは特別すけべというわけでもなかったが

歩いて散歩をする時、ついつい女性をえっちな目で見てしまうクセがあった。


その日もいつもと同じように女性をちらちら見ながら歩いていた。


特に今Yのすぐ前を歩く女性が実に色気があった。


白いフリルの付いたブラウスにベージュのスカート姿で

そんなに日ざしも強くない中、黒の日傘を差して歩いているのだが

その短いスカートがタイトなものだから女性が一歩歩くたびに

そのスタイルのいいお尻が左右交互にぷりっぷりっと上下に動くのだった。


Yはちらちらとそのお尻を見た。


じっと見たら危ない人になってしまうし、

見ている事が誰かにバレても恥ずかしい。


だからYは前方から人がこっちへ来ていない事を確認し

誰にもばれないだろうと思ったものだから、そのお尻を見たのだった。


実にセクシーなそのお尻は、Yの目を引きつけて離さなかった。


ちらちらの回数がどんどん増えていく。


Yは最初、適度な距離、Yが言うには大股で十歩以上だそうだ、を保っていたのだが、だんだんと吸い寄せられるように近づいてしまって、ついには大股で十歩どころか、手を伸ばせば届いてしまうところまで近づいてしまった。


こんなに近づいてしまうことはなかなかないし、

もし人混みの中だったなら、これほど接近してもなんとか言い訳が立ったかもしれない。


例えば人がたくさんいたなら、場合によっては前の人と近づく事もあるわけで、そうだとしたら、たとえ目線が前の女性のお尻にいったとしても

たまたまその瞬間目線が下に行っただけとか、自分の足元を見て歩いていただけとか苦しいながらもいろいろ言い訳ができたかもしれない。


ところがこの時、さっきまで周りにあんなにいた人々が

ちょうど偶然一時的にいなくなっていて、

このあたりにはYとこの女性しかいなかった。


二人しかいないのに、女性の背後にぴったりくっついて

お尻をじっと見ていたのでは、これはもう何も言えない。


Yがこの女性のお尻を見ているのだと言うことが

誰の目にも明らかになってしまっている。


すっかりお尻に夢中になってしまい、Yは周りに誰もいない事に気が付くのが一瞬遅れた。


あ、少し女性と近づきすぎてしまっていたかも、

そして、少し見すぎてしまっていたかも、とY自身が気がついて、

ふと歩く速度を落として女性との距離を取りつつ顔を上げた時

女性の数メートル前からこちらの方向に歩いてきた50代くらいのおばさんがいて、Yと目があった。


Yはしまったと思った。


おばさんの目があきらかにこちらを非難している。


だけど、大丈夫だろうとも思った。


なぜなら触ったわけでもないし、女性本人だって気がついていない。


そう、ただ偶然お尻が視界に入っただけだ。


Yは自分にそう言い聞かせて、何事もなかったかのように前を向いて歩き

おばさんとすれ違ってそのまま離れて行こうとした。



「ちょっとあなた」



Yとおばさんがすれ違うその時、そのおばさんがそう声をかけてきた。



Yはどきりとした。



しかし、聞こえないふりをしてそのまま行き過ぎようとした。




「ちょっとあなた!それからそこの女性の方!」



おばさんは大きな声でそういうと、

ほんの少しおばさんを通り過ぎた私とお尻の女性の前につかつかと戻ってきて

立ちふさがった。



「今、見てたでしょう」



おばさんは、女性の肩越しにYを非難した。


女性はおばさんにびっくりしてこちらを振り返った。


お尻の女性は美人だった。


そのYに向けられた目が驚きと困惑で満たされている。


事態を飲み込めないその美人は、無言Yとおばさんを交互に見ている。



「え?何ですか?私ですか?」



Yは精一杯に強がって、そして白々しくおばさんに答えたが、その声は震えていた。


日頃の不摂生のせいで歩いただけでも息が弾んでしまう中

見咎められた驚きで心臓の鼓動はさらに高まり

その声には震えとして動揺の色がありありと出てしまっていたのだった。



「そうです。あなたです。他に誰もいないでしょう」



おばさんは両手を自分の腰に当て、Yをにらみながらそう言った。



Yは周りを見渡して、しまったと思った。



確かに近くには他に誰もいない。


これでは完全に、女性のすぐ後ろでお尻を凝視して歩く変質者だ。


しかし、ここで認めるわけにはいかない。


認めてしまっては、恥ずかしいだけでなく

もしかしたら職場に連絡されたり、下手をすると痴漢として逮捕なんて事もあるかもしれない。


Yは混乱の中、どう切り抜けるか懸命に考えたが妙案は浮かばない。


とにかくここは断じて否定するしかない。



「いやいやいや、ただ歩いていただけです。

あなたの勘違いですよ。見てませんよ、お尻なんて」



「いいえ、見てました。ずっと。

そんな事はまともな大人のする事ですか。

それにね。だいたい私、お尻なんて一言もいってませんけど」


また、しまったと思った。


考えろ、言い返し方を、すぐに。


必死で考えたが何も思い浮かばず、Yはさらに混乱した。


混乱したYはもう何を言っていいかわからなくなって、怒り出した。


「何わけのわからん事を言ってるんですか。迷惑です」


Yはそう言って、その場から離れようとした。



「待ちなさい、この痴漢!」



痴漢と言われてYはどきっとして、そして頭に血が登り、

おばさんに向かって一気にまくし立てた。


「あなた何さっきからわけのわからない事ばかり言ってるんですか!

迷惑なんですよ!なんなんですかほんとにもう!」


そうまくしたてながら立ち去ろうとするY。


お尻を見られていた女性は、そのやり取りを見て呆然としている。


おばさんが女性に声をかける。



「この人、ずっとあなたのお尻を見てましたよ。こーんな顔で」



そういうとおばさんは、自分の鼻の下を伸ばし白目を向いて間抜けな顔を作ってみせた。


女性は困惑しながら、

「あ、大丈夫です、大丈夫です」

とおばさんにつげる。


「大丈夫じゃありません!痴漢ですよ!あなた!しっかりして!」


今度は女性にどなるおばさん。


女性は、どうやらまずい事に巻き込まれたと気づいて、

おばさんとYをおいて無言でそそくさとその場を立ち去った。


それを見て少し安心するY。


Yがおばさんに文句を言う。


「ほら、だから言ったんだ。まったく。大丈夫って言ってるじゃないですか」


Yは捨て台詞を言いながら、その場を立ち去るべく歩き出した。


そのYの後ろ姿に向かって、おばさんが怒鳴る。


「あなたね、痴漢は痴漢ですからね、許されませんよ、こんな事!」


おばさんはその場でまだ怒鳴っている。


甲高い、嫌な声だ、と思いながら

Yは早足にその場を立ち去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る