第26話
お父さんが帰って来ると嬉しい反面少しいたたまれない。
結婚して何年も経ってるのに未だにお母さんとイチャイチャするので、少しは僕に気を遣って欲しいと思う。
今もキッチンでお父さんの好物を作っているお母さんにべったり貼り付いて隙あらばあちこちにキスしている。お母さんは慣れたもので適当にあしらいながら忙しく手を動かしている。
「手伝わないなら向こう行ってて、刃物危ないから」
「冷たいな〜。僕と離れて寂しくなかったの?明後日からまた仕事で海外なんだよ?」
「ヨウちゃんがいるし。そんなこと言ってたらあなたの妻は務まらないでしょ。ほら、邪魔!」
素っ気なくあしらわれたお父さんはすごすごと僕の座るソファまでやってきた。僕は読んでいた本を閉じて、隣に座ったお父さんの膝の上に寝転んだ。
「怒られちゃったね」
「ほんと冷たいよね〜」
髭を剃って綺麗に髪を撫で付けたお父さんは、冷たくされてションボリしていてもやっぱり男前だ。でも彼はすぐに嬉しそうな顔をして僕にこっそり囁く。
「でもお母さんは照れてるだけだよ」
「そうかもね。今日お父さんの好きなものばっかり作ってる」
しっかりしたお父さんの膝はお日様の匂いがする。髪を梳いてくれる優しい長い指の動きに安心して眼を閉じた。
「ヨウ、学校楽しい?」
「…うん。友達もできた」
「そうか〜」
楽しいといえば楽しい。オミに振り回されてイライラする事も多いけど、彼は基本的に僕に優しいのでそんなに困ることはない。ただ、ハナがいないのが寂しい。
「そういえばハナがいないね」
いつもの夏ならお父さんの両脇に陣取って一緒に土産話をせがむハナがいないのが不思議らしい。
「喧嘩でもした?」
「してないけど…今年はおばあちゃんちに行ってるから」
どちらかといえばハナが一方的に怒っていただけだ。
「オミ君いい子だね」
髪を撫でられ上から降ってくるお父さんの深くて低い声に眠気を覚えていると、急に思い出したように言われて眼を開けた。
「………うん」
頷いたものの色んな事を思い出してしまって首からじわじわ熱くなる。お父さんは面白そうに僕の顔を覗き込んでいる。赤くなるせいで動揺がすぐバレてしまう。
「お、お父さんとお母さんとは仲良しだけど、いつから一緒にいたっけ?」
本当は耳にタコができるほど馴れ初め話を聞かされているけど、この話をすれば追求を免れると目論む。案の定お父さんはだらしない顔をしてキッチンにいるお母さんを振り返った。
「中学生の時からだよ〜。お父さんの一目惚れでねえ。お母さんは恥ずかしがって逃げ回ってたけど、絶対逃さないって最初から思ってたんだ」
―我が親ながらすごい執念。
「ヨウは好きな子とかいないの?」
「…好きなんて分からない」
こっちに話を振らないでくれと思いながら眼を閉じる。最初に聞いたのは自分だけど何故父親と恋バナせねばならんのだ。
「顔見るだけでドキドキして近くにいてもいなくてもその子の事考えると幸せで毎日楽しいぞ〜」
お父さんは楽しそうにお母さんとの思い出話を続けていたけれど、僕は赤くなった顔を腕で隠して半分聞いていなかった。
―楽しいのか…。よく分かんないや。
「ヨウもそういう子見つかるといいね。あ、でもその前に変なやつじゃないか僕がチェックしないとね」
「うざ…」
「ヨウもそういうこと言うようになったんだねえ。お父さん傷つくわ〜」
わざとらしい泣き真似をするお父さんに笑っていると、お母さんに「お皿を並べて」と声をかけられる。
「はーい」
僕はソファから立ち上がり、お父さんと一緒にキッチンへ歩いて行った。
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