第25話
それから数日は何事もなく過ぎた。
オミと勉強したり、学校のみんなと遊んだり、ハナのいない今までとは違う夏休みを過ごす。
少し寂しいけど、オミが常に傍にいて何かと僕をかまう。気が紛れたといえば紛れたけど、その方法が問題だった。
みんなが見てないところで手を握られたり、物陰に引きずり込まれてキスされたりする。そのたびに嫌かどうか聞かれるけど、心臓が口から飛び出しそうで答えられない。
―絶対面白がってるよね?
今日は夏季休暇中の登校日で、草むしりの奉仕活動があった。家族の用で登校してない子もいたけど、来た子は日焼け自慢をしたり旅行の思い出を話したり、みんな夏を満喫しているようだった。
僕は頭から大きめのタオルを被って担当の花壇の草むしりをしていた。ジリジリと肌を焼く日差しが痛い。焼けると赤くなって腫れるので日焼け止めを塗ったけど間に合ってる気がしない。
「サヤマ〜水分ちゃんと摂れよ〜」
麦わら帽子を被った担任がだるそうにホースで水を撒いている。いつものよれたジャージにサンダル履きで、生徒の様子を見て回っている。
むしった草を回収しに来たオミが、僕の隣にしゃがみ込んでタオルに隠れた僕の鼻の頭に触った。
「赤くなってる」
「触んないで、痛い」
「……ねえもう可愛いって言っても良い?」
「イヤだ。どこが可愛いの?馬鹿じゃないの?」
コソコソ言い合いながら、ぐいぐい寄ってくるオミから離れてもすぐに距離を縮められる。校舎の陰になった花壇の端に追い詰められて僕は涙目になった。嫌な予感しかしない。
タオルで口元を覆って赤い顔を隠す。なのに軍手を嵌めた手を掴まれて、タオルに顔を突っ込んで来たオミに掠めるようなキスをされた。切れ長の綺麗な瞳が熱っぽく僕を見つめる。
「イヤ?」
「うるさい、あっち行って」
こんなところで何を聞いてくるのだ。僕は頭からすっぽりタオルを被ってジャージの膝に顔を埋めた。
「オミ〜、はよ仕事せえ」
「はーい」
見られたかもとドキドキする僕の頭を撫でて、オミは何事もなかったように去って行った。
「もう!もう!信じらんない!」
怒る僕の後ろをオミが涼しい顔でついてくる。奉仕活動を終えての帰り道、校門の前までついて来たオミは「ごめん」と口では言いながら、反省している様子はない。
「俺、これから部活だから気をつけて帰ってね」
―お前の方がよっぽど危険だ!
僕は無視して一歩外に歩み出た。すると門の陰から大きな人影が飛び出してきて僕に抱きついた。埃っぽい匂いが鼻を掠め、大きな手が僕を抱き上げる。
「きゃああ!!」
「ヨウ!」
後ろからオミの焦った声が聞こえた。僕も一瞬状況が飲み込めなくてバタバタ暴れた。
「おっさん、ヨウを離せ!」
「イッテ!」
足を蹴られた男は一瞬怯んだが、僕を抱き留める腕の力は緩めない。その肩に掴まって顔を覗き込んだ僕は嬉しくなって太い首に抱きついた。
「お父さん!」
「お父さん!?」
「ヨウちゃ〜ん!ただいま!」
お父さんは髭だらけの顔をくしゃくしゃにして豪快に笑い、僕を振り回した。
「すみませんでした。不審者かと思って…」
オミは気まずそうにお父さんに頭を下げている。
無理もない。僕のお父さんはカメラマンで、国内海外問わず取材に同行して何日も、場合によっては何ヶ月も帰ってこないのはざらだからオミも会った事はない。
家に置いてある家族写真も髭がないから誰か分からなくて当たり前だ。今日帰って来るとは僕も知らなかった。
「いいよ〜。オミくんだっけ?妻から聞いてるよ。ヨウとハナに親切にしてくれてありがとね」
「あの…お父さん…おろして」
さっきから小さな子供みたいに片腕に抱っこされて、通り過ぎる他の生徒達の視線が痛い。このままじゃほんとに不審者として通報されてしまいそうだ。
「ええ〜、電話したら学校だって言うから迎え来たのに冷たいな〜。肩車してやろっか?」
「いいってば!あと、臭い!お風呂入った!?」
「あー、空港から直接来たから入ってない」
道理で…。髪もボサボサで髭モジャモジャだしTシャツもジーンズも埃っぽくてすえた臭いがする。お母さんの好きな顔が台なしだ。
「お母さんに嫌われるよ。僕も嫌いになる」
「それは困る」
お父さんは慌てて僕を下ろし、地面に置いていた機材の入ったバッグと大きなリュックを担ぎ上げた。
「一緒に帰ろう」
「そのままで僕と歩いたら通報されるから先に帰って」
「ええ〜、いーやーだー」
「じゃあ後ろからついてくから先に行って!」
僕は駄々をこねようとするお父さんの背中をぐいぐい押して、オミを振り返った。
「またね。部活頑張って」
「ああ…うん」
オミは呆気にとられて先ほどからポカンとしている。髭モジャの熊のような大男が僕の父親だというのが信じがたいのかもしれない。よく言われる。
髭を剃ってそれなりの格好をすれば男前なのに、全く身なりに気を遣わないお父さんが少し恥ずかしい。
それでも大好きなお父さんが帰って来たのが嬉しくて、大きな背中を押しながら僕は心から笑った。
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