第5話
あれから毎日のようにハナとオミはやり合っている。
急に絡むようになった彼らを周囲は興味津々で遠巻きに見ていた。実は彼の大殿筋を狙っているんです、とは言えず僕は今日も教室の片隅で本を読んでいた。
「ヨウ、ハナ何とかして」
前の席に後ろ向きに座るオミが僕の顔を覗き込んでくる。白い歯が無駄に眩しい。ハナは職員室に呼ばれて教室にいないようだ。
僕はオミと眼を合わせるのが嫌で文字から眼を離さないまま答えた。
「あれが僕の手に負える訳ないでしょ」
「そりゃそうだ」
彼は笑いながら僕が読んでいた本の上に手を翳してくる。意外と子供っぽい悪戯をする奴だと思う。
最近ようやく名前呼びにも慣れて時々話すようになったけど、距離の近さには未だに慣れない。パーソナルスペースが狭い奴は苦手だ。
「なに?」
「俺と話してんだからこっち見てよ」
「イヤだ」
「何読んでんの?」
「虫の話」
「ファーブル昆虫記?」
「違うよ」
邪魔されてイライラする。ファーブル昆虫記は小学生の時に全部読んだ。僕の素っ気ない態度にもめげず、オミは身を乗り出して本の題名を読んだ。
「虫と文明?難しそう」
「昆虫がどんな風に人間の歴史と関わってきたかって本だよ」
「虫が好きなの?」
「何でも読む。同じ地球の生き物全般に興味があるだけ。人類だけが特別って思うのは傲慢だと思う」
例えば人間は虫を毛嫌いして排除しがちだけど、昆虫がいなかったら生態系は崩壊してしまう。地球の循環を乱しているのは人類だけだ。せめて他の生き物の事を知っておきたい。
偉そうに言ったけど、今さら野生に戻れって言われても軟弱な現代人の僕はきっと大自然に放り出されたら真っ先に野垂れ死ぬだろう。
「人類が好きじゃないの?」
「そんな事は…ないけど」
好きな人類も少しはいる。家族とかハナとかハナの家族とか。それ以外はよく分からない。
と…いうか、何故こんな事をオミに語っているんだろう。急に恥ずかしくなって俯こうとする僕の頭をオミの大きな手が掴んだ。
「俺も生き物なんだけど。ちょっとは興味持ってよ」
「なんで?」
反射的に聞いてしまって、ショックを受けたような彼の表情に『しまった』と思う。
いつもこうだ。もう少し気の利いた受け答えが出来れば他の人類とも上手くやっていけるのに。オミもきっと呆れて離れて行くだろう。
じわじわと熱くなる頬を腕と手の甲で隠していると、予想に反して優しい声が聞こえた。
「じゃあ…ヨウに興味持ってもらえるような生き物になろうかな」
「脱皮するとか?口から糸吐くとか?」
少しホッとしたのに、天邪鬼な僕は思わず憎まれ口のような言葉を返す。
「ハナは脱皮したり糸吐いたりすんの?」
「しないけど」
なんで今ハナの話?何を言ってるんだこいつはと思った事が顔に出てしまったようで、オミは苦笑いしている。
―ハナはハナという生き物だ。他にはいない。
「オミ、今すぐヨウちゃんから手を離せ」
職員室から戻った元気な幼馴染みがオミの腕を掴んで引っ張る。ついでに腕と肩の筋肉をグイグイ触って嫌がられている。
僕はハナの楽しそうな顔を眩しく見上げた。運動は嫌いだけど、僕も筋肉を鍛えたらもっとかまってもらえるだろうか。
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