第4話

「あのさ…2人とも俺の名前覚えてる?」


 夕暮れの帰り道、何故か後ろをついてくる背の高い彼に聞かれ、僕とハナは振り返った。学級委員長とは認識していたが、名前が全然出てこない。

「えーと…委員長?」

「えーと…大殿筋」

「…俺らクラス一緒になってから結構たつよね?」

 図書室を閉めるよう先生に頼まれた彼が待っていてくれたと知った時は申し訳ない気持ちになったが、だからといってついてくるのがよく分からない。


「俺、出席番号サヤマの後ろなんだけど。新学期後ろにいたよね?」

「え…覚えてない」

「ひでえ」

 彼は眉をしかめて大袈裟に空を仰いだ。

 そうは言われても基本的に人と眼を合わせない僕と、興味のない事には我関せずのハナが、クラスの人間の名前と顔を覚えている訳がない。

 しかしそう思うのは僕らだけのようで、彼は傷ついた表情で恨めしげに僕を見た。

「はじめまして。シンドウ・オミです。どうぞよろしく」

 嫌味っぽい自己紹介と差し出される手は無視して、一応名前だけは覚える。爽やかそうに見えてわりとイイ性格をしているという事も覚えた。

「そうか、オミ。早速だけど、だいで…」

「ハナ!」

 僕は慌てて彼女の口を手で塞いだ。


―まだ大殿筋諦めてなかったのか。


 モガモガと口を動かす彼女の呼気に少し動揺するが、そこはこらえてシンドウ君に愛想笑いする。

「この子ちょっと変わってて」

「それは分かるけど、サヤマもな」

「ハア?」

 僕は思わず彼を振り仰いだ。今日だけで結構見慣れた瞳がからかうように細められている。

 

―ハナはともかく僕まで?って言うのはハナに失礼かな。


「君ら2人まとめて『宇宙人』て言われてるの知ってる?」

「知らん」

「初耳」

「だろうね。他人に興味なさそうだもん」

「そんな事ない。オミの骨格と筋肉には興味がある」

 勢い込んで言う彼女に頭痛を覚える。


―ああ、言ってしまった。


 シンドウ君は不思議そうに首を傾げた。

「筋肉?」

「今の研究対象だ。触らせろ」

「ええ?今日珍しく見られてると思ったらそんな事考えてたの?」

「まずは後ろから」

「ハナ!ごめん、シンドウ君」

 他人事のはずなのに何故か恥ずかしくて頬が赤くなった。思わず謝ってしまったけど、僕が謝るのおかしいよね。

「オミでいいよ。俺もヨウって呼ぶ」


―ひい…笑顔が爽やかすぎて眩しい。


 他人との距離の取り方がよく分からない僕には、幼馴染みのハナ以外を名前で呼ぶのも呼ばれるのもハードルが高い。呆けていると額に彼の手が伸びてくる。

「良い広背筋だ!」

「イダッ」

 いつの間に背後に回ったのか、いきなりハナに背中を叩かれた彼が悲鳴を上げた。彼女は僕の腕に両腕を絡めて彼を睨んだ。

「お触り禁止」

「ハナはいいの?」

「私はいいの」

 小柄な彼女は精一杯背伸びして威嚇しているが、頭一つ分以上の差があって大変そうだ。

 関係ないけどさっきから柔らかい胸が二の腕に当たってどきどきしてしまう。


「早く帰るよ。夜道は危ない」

 ハナは僕の腕を引っ張って、早足で歩き始めた。シンドウ君はもうついてくる気がなくなったのか、曲がり角の所で僕達を見送っている。


―あそこが帰り道なのかな?


「やっぱ逆じゃん」

 彼の忍び笑う声が聞こえた気がしたけど、あまり愉快な内容ではなかったので聞こえなかったフリをした。

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