第3話
図書室で本を読んでいた。
委員会があるから待っていろという彼女の言葉に、文句を言いながらも従ってしまった。どうせ家は隣なのだから、一緒に帰らなくても用があればすぐ行き来出来るのに。
『美少女の独り歩きは危険だから護衛だ』
自分で言うなと思ったけど、実際彼女は可愛い。いくつも防犯ブザーや催涙スプレーを持ち歩き、僕にも持たせてくれた。
何かあれば脛や金的を蹴り上げるくらいはしそうだけど、やはりそこは心配なので待っている事にする。
めくっていたページに影がさす。ハナ、委員会終わったのかな?
「すぐ終わるからこのページだけ読ませて」
僕は本から眼を離さないまま彼女に言った―つもりだった。
「いいよ」
返ってきた声は低く落ち着いていた。驚いて顔を上げるとそこには彼がいた。涼やかな瞳が見下ろしていて、人と眼を合わせる事に慣れていない僕の哀れな心臓はどきりと音を立てた。
―本当に今日はよく眼が合う。最高記録かもしれない。
自分の意思とは関係なく頬に血が集まる。慌てると余計に赤くなる。ほんとイヤだ。僕は焦って眼鏡を掛け直した。
「あ、あの、ごめん、間違えた。ハナかと思って」
「ふーん。仲いいんだね」
そう言いながら彼は何故か向かいの椅子に腰掛けてしまった。机の上に肘をついてその手の平で顎を支えて僕を見る。彼が身じろぐと爽やかな柑橘系の衣類用香料の香りがふわりと漂う。
卑屈になる必要はないと思うのに、まるで自分が汚いもののように思えてくる。
「お、幼馴染みだから。今日も委員会終わるまで待ってろって。家まで護衛とか訳分かんないよね」
なんで言い訳みたいな事をベラベラ喋っているんだろう。今すぐ黙れ僕の口。
「そう?俺がサヤマの幼馴染みだったら心配かも」
「へ?僕?」
サヤマというのは僕の苗字だ。ハナはサトウ。出席番号が近いから席が前後になる事も多いが、間違えてない?
彼は可笑しそうに形の良い唇の端を上げた。からかってる?
「そうだよ。今日だって並んでんの見たら妖精2人がじゃれてんのかと思った」
―なんだ妖精って。いくら僕がひょろくてもそれは失礼じゃない?
こういう時強い言葉の一つでも言えたら良いのに、怒ってしまうと顔が熱くなるばかりで何も言い返せない。意思に反して染まる頬を拳で押さえて彼を睨むのが精一杯。
一瞬動きを止めて僕を凝視した彼は、何かを誤魔化すように笑って長い指先を伸ばしてくる。
「はは、耳まで赤い」
ハナと同じ事を言ってるけど数百倍ムカつく。思わず乱暴に払い除けると、すぐに手を引っ込めた彼は、慌てたように僕の顔を覗き込んできた。
「ごめん、怒った?」
「………怒った」
顔中に動揺を浮かべる彼に、少し溜飲が下がる。いつもは落ち着いて大人っぽい態度の彼が年相応に見えて、怒りがほんの少しだけ和らぐ。ほんの数ミリだけね。
「そこの大殿筋!汚い手でヨウちゃんに触るな」
「ハナ」「大殿筋?」
不意に書架の間から、ハナの怒り狂った声が飛んできた。そんな声を聞くのはノートを勝手に見ようとした時以来だ。
大殿筋呼ばわりされた彼はポカンとしているが、僕は彼女が現れてくれてホッとしていた。
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