第2話

 屋上の踊り場の隅っこで膝を抱えていた。


 掃除の時以外誰も来ないこの場所は僕のお気に入りの隠れ場所の一つだ。

 今日は2人の人間と眼が合ってしまった。いつもなら帰るまで誰とも眼を合わせないようにしているのにどうした事だ。

 顔が熱い。赤面症ですぐに赤くなってしまう頬を隠すように膝に押し付ける。

 可愛いし気にする事はないと親には言われるが、14歳にとってすぐ真っ赤になるこの顔は大問題だ。可愛いなんて言われたくない。


「ヨウちゃん。やっぱりここにいた」

 頭上から優しい声がする。彼女だ。僕は赤い顔が恥ずかしくて上を向く事が出来ない。

 鈴を転がすようなってよく言うけど、バリ島のガムランボールってあるだろ?彼女の声は軽くて不思議な音色の銀のそれみたいだ。

「なんか用?ハナ」

 僕は俯いたままぼそぼそと小さな声で言った。声変わりし始めている掠れた中途半端な高さの声も嫌いだ。

「耳まで赤くなってる」

 彼女は僕の横に座って笑いながら耳に触れてくる。悪気がないのは分かってるけど、子供の頃の延長で気軽に触らないで欲しい。顔が余計に赤くなるから。


 僕は彼女の小さな手を乱暴にならないように払い除けた。考えていたのとは別の事を聞いてみる。

「さっき何書いてたの?」

「秘密」

「そうだろうね」

 いつも教えてくれない。彼女の部屋の本棚の一角を占める歴代のノートも見せてくれた事はない。前にこっそり見ようとしたらめちゃくちゃ怒って数日口を利いてくれなかった。

「嘘。最近骨格と筋肉について考察してる」

「はあ…」

 唐突なのはいつもの事だけどやっぱり意味が分からない。


―だから彼を見ていたの?


 確かにバランスの良い筋肉の付き方だと思うけど、大概の人間は外側の造形を気にするものじゃないだろうか。僕は思わず貧弱な自分の二の腕を見下ろした。


 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴って2人で階段を降りていると、ハナが言った。

「ヨウちゃんのも今度見せて」

「イヤだよ」

「いいだろ、減るもんじゃなし。触らせろ」

「なんで触るに変わってんの。イヤだってば」

 フザケて伸ばされる指先から逃れようと手すりに掴まって身を捩っていると、ちょうど廊下を歩いて来た彼とばっちり眼が合った。

 今は段上に立っているから背の高い彼と同じ高さだ。彼はまじまじと僕らを見て、数回瞬きをした。

「授業始まるよ」

 それだけ言ってさっさと教室に入って行った。僕らのような変わり者にも声を掛けてくれる稀有な存在だけど、学級委員長でもある彼からしたら義務みたいなものかもしれない。


 ハナは彼の後ろ姿を凝視しながらブツブツ呟いている。

「…あれは良い大殿筋だ。今度後ろからも見よう」

「本人に断りもなくそういう事すんのやめなよ」

「じゃあ、ヨウちゃんが尻見せてくれる?」

「お断りします。誤解を招くから他の人にも言っちゃ駄目だよ」

 彼女に頼まれたらみんな喜んで応じそうな気もするけど、それはそれで心配だ。

 そうこうするうちに本鈴が鳴って、僕達は慌てて教室に戻った。

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