第9話「取り調べ」
どれくらいのその場にいただろうか。気がつけば僕の隣にはドワーフの兵士さんが立っていた。
僕の隣に立って、僕と同じようにレッドさんを眺めているだけだ。横目でチラリと表情を見たが、怒りや悲しみが入り混じった表情で、とても見ていられなかった。
悔しさからか、唇から血が出るのも構わず噛み締め、小刻みに震えている。
彼はしばらく腕を組んでレッドさんの様子を見ていたが、意を決したのかレッドさんに声をかけた。
「レッドよ、ずっと地面におろしておくのはしのびない。そろそろキバを移動させてやらぬか?」
彼の言葉に振り返り、立ち上がったレッドさんは、生気が抜けた顔をしている。
目の周りは赤く腫れあがっている。
「ねぇ。なんでキバが、キバだけがこんな目にあったの?」
「キバは果敢に戦った。皆を守るために戦ったんだ」
「キバが勇敢に戦った? じゃあなんで誰もキバを助けてくれなかったのさ! なんで弟達が攫われるのを助けてくれなかったんだよ!?」
「それは……我々が来た頃にはもう」
レッドさんは鼻で笑った。
「僕らが混血だからだろ? 混じり物だからッ!」
パシッ! と、乾いた音が鳴り響いた。
レッドさんの言葉を遮るように、ドワーフの兵士が平手打ちをしていた。
思わず間に入る。確かに今のレッドさんは卑屈になっている。けど叩くのは良くないだろ。
口にしてはいけない言葉だったかもしれない。でも色々と不幸が重なってるんだ。心が弱っているというのに……
嗚咽をあげながら、赤く腫れた頰を抑えるレッドさん。
僕は必死にドワーフの兵士を睨みつけるが、彼は僕がそこに居ないかのように、僕の背中にいるレッドさんに語りかける。
「確かにお前たちは親のおかげで苦労している。『子に罪はない』と、街の者たちもお前たちに普通に接しようとしているが、それでもどこか溝があるのはわかっておる」
そこでドワーフの兵士は一息ついた。
「だが、最後まで戦い抜いたキバに対し、見捨てられたなんて感情を持つのはやめてあげてほしい。彼の死を犬死にしてやるな。誇りを持って戦った戦士に対しての侮辱は許さん」
悲しい程に穏やかな声だった。
「嘲笑うなら、大事な時に間に合わず。大切な仲間を守れなかったこの間抜けを笑ってくれ」
自嘲気味に言う彼の姿が、ひどく小さく見えた。
☆ ☆ ☆
「何よあんた達」
サラの声でどんよりとした空気が変わった。
視線を向けるとドワーフやホビットの兵士達が僕らを取り囲むように立っていた。
「すみません。脅かすつもりはなかったのですが……申し訳ないのですが今回の件でお話を伺いたく思い、出来れば同行を願いたいのですが」
人族や獣人族が暴れていたから僕らが怪しい。そういうことだろう。
ドワーフの兵士さんと一緒だったから、先延ばしにしていただけで……。
彼らの前までドワーフの兵士さんが歩いていく。
「この者達は身の危険をかえりみず、街を救ってくれた者達だ。我がストロング家の名において危害を加えるような真似は許さんぞ?」
「はっ! もちろんその事は存じております! ……ですが、その……」
背筋をピンと立て、威勢良く返事をして、少し困ったような顔をした。
すると、その後ろから人族の兵士達が出てきた。その中に見覚えのある顔が居た。
「お前は……エルヴァン!?」
「なんだ、エルクか」
エルヴァンの隣にいるのはリリアか。何故こいつらがここに居る?
遠慮なくニヤニヤと僕らを見渡し、言った。
「別にお前らをどうこうするつもりはない。安心しろ」
安心しろ?
ふざけるな。学園の事を忘れたのか?
何もしないと言われて、はいそうですかと信じられるわけがない。
既にアリア達は臨戦態勢になっている。フレイヤは学園の事を知らないから、イマイチ状況が分かってないようだけど。
とりあえずアリア達に待てをかける。エルヴァンとリリアだけならともかく、人族の兵士もドワーフやホビットの兵士もいる。
騒ぎがあったばかりだというのに、こちらから手を出すのは不味い。
「じゃあ、一体なんの用だ?」
自分でも驚くほど冷たく固い声が出た。
いろんなことが起こりすぎて、イラついていたのもあるのだろう。
「おいおい、しばらく会わないうちに言葉遣いが悪くなったな」
黙って睨みつける。
エルヴァンは両手を上げ、やれやれと言わんばかりのしぐさだ。一々癪に障る。
「俺は今、とある貴族様に雇われていてね。レイア家に不穏な動きがあるから調べて欲しいと言われ、アインに派遣されただけだ」
レイア家と言えば、サラの実家じゃないか。
エルヴァンはどうやって情報を手に入れたのか等を語っているが、この際無視だ。
サラの方に目をやると、いかにも不機嫌そうな顔をしている。
「……まっ、大方ドワーフやホビットの奴隷を仕入れようとして今回の襲撃に至ったんじゃないかな」
サラの事が気になってあまり聞いていなかったけど、エルヴァンの話は終わったようだ。
「そんなわけだから、お前たち、というかサラからは話を聞きたいところなんだが」
そう言って、エルヴァンが人族の兵士に僕らを捕らえるよう顎で指示を出した。
「悪いが、それは認めん」
立ちふさがるように、ドワーフの兵士さんが僕らの前に出た。
「まぁ、そうだろうな」
「言っておくが、お前さん達の方が信頼出来んぞ」
「信頼出来ないか。だからと言って『はいそうですか』でといって引き下がるわけにも行かないからな。こっちは仕事で来ているわけだし」
エルヴァンはやれやれとかぶりを振った。
「そこで提案だ。事情聴取はお前達ドワーフを交えた形で行うのはどうだ?」
「ほう?」
「俺たちがエルク達に手を出して、無理矢理犯人に仕立て上げたりしないように見張っててくれて構わない。武器の類を預けろというなら従う」
「悪いが、その要求を飲む必要性が感じられぬ」
話にならないといった感じで一蹴するドワーフの兵士。
「いいや、必要性はあるね」
だが、断られたというのに、エルヴァンは余裕の笑みを浮かべている。
「そもそも俺たちだって容疑者に入れられているんだろ? ならば俺たちにも話を聞こうと考えているはずだ」
エルヴァンの言葉に、ドワーフの兵士は眉をひそめる。
「それに、今回の件についての取り調べをエルク達が拒否すれば、国に戻った際にお尋ね者になってる可能性もあるんだぜ? それともアインを出たらどうなっても構いませんと言うのかな、兵士長のストロングさんよぉ?」
「……良かろう。ただし武器類はこちらで預からせてもらい、兵士を2人同席させてもらう。もし怪しい動きを見せれば……」
「あぁ、わかってる」
僕らの事なのに、僕らは蚊帳の外で話が纏まったようだ。
どのみち僕らに断るという選択肢は存在しないのだから、口の出しようがないわけだけど。
しかし随分と譲歩した内容だ。それならここで取り調べをせずに、国に戻った際に無理やりと言う手段の方が手っ取り早いと思うけど。
「エルヴァン、何を企んでいる?」
「人聞きが悪い。言っただろ? 別にお前達をどうこうするつもりはないって」
そう言って彼は兵士達に指示を出している。
本当に僕たちに興味がないのか? 正直「学園を退学したのはお前らのせいだ」と逆恨みされるものだと思っていたけど。
もし復讐をするなら、今が絶好のチャンスなはずなのに。
僕らは取り調べのために兵士達に同行した。
「レッドよ。彼らは必ず今日中に返すと約束しよう」
不安そうに僕らを見つめるレッドさんに、ストロングさんが声をかけてから出発をした。
☆ ☆ ☆
取り調べは学業エリアにある建物の一室で行われた。
本来は教員が生徒の進路を相談するための部屋らしく、外に声が漏れないよう頑丈な作りになっている。
僕、ストロングさん、ストロングさんの部下、エルヴァンの4人で取り調べが行われた。
アインに来るまでの事、目的、どうやって来たか等を聞かれ、正直に答えた。
その時にエルヴァン達の身の上話も聞かされた。
エルヴァンはどうやら学園を退学した後、実家のコネでエッダという貴族の元で私兵としての仕事についたそうだ。
そのエッダという雇い主から「レイア家がアイン襲撃を計画している可能性があるのでそれを阻止せよ」という命を受け、1年前からアインに居たそうだ。そこら辺はアイン側にも伝えてあったらしく、ストロングさんもエルヴァンが居た理由については知っていたようだ。
最初のうちは街でも警戒態勢を取られていたが、1年経っても何も起こらず、警戒が緩んでいた時に今回の事件が起きたそうだ。
現在犯人グループについては散策中だけど、いくつか船がアインを出たと言う目撃情報があるとストロングさんが教えてくれた。
飛空船で追いかける事は出来ないのか聞いてみたけど、飛空船を飛ばすには事前に準備が必要らしくそう簡単には飛ばせないらしい。
船で追いかけようにも時間が経ち過ぎてしまい、追いかけて遭難してしまう可能性があるために断念されたようだ。
攫われたのはいずれもドワーフやホビットのハーフらしい。ちゃんとしたファミリーネームを持たないために、襲われた際に守られる優先度が低いから狙われたのだろうとストロングさんは言っていた。
夕暮れ時、外が暗くなる前には僕らは解放された。
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