第10話「不安定な心」

 サラが戻ってきて、全員揃った。


「皆、大丈夫だった?」


 僕の言葉に全員が頷いた。

 どんな内容だったか、お互いに話し合う。

 取り調べ内容は皆ほぼ一緒のようで、何もしないと言う約束は守られているようだ。


 もしかしたらエルヴァンは、本当に僕たちに興味がないのだろうか?

 僕らがたまたま事件に居合わせただけで。

 とはいえ何もしてこないという確証はない。一応警戒だけはしておいた方が良いだろう。

 僕らは帰路についた。


 帰り道、僕らは無言で歩いている。


(今回の件はサラの家が絡んでるらしいから、下手なことが言えないな)


 とはいえ、無言のままでは気まずい。

 皆がサラを気遣って黙っている事くらい、サラは気付いているだろう。だからこそ気まずい。

 今回の件について、たとえサラの家がやらかした事だとしても、サラに非はない。

 でも、キバさんの死に関わってる可能性が高いのだから、気にするなという方が難しいだろう。

 何か会話を振って、気を紛らわせたいところだけど。


「お腹空いたね」


 まずはとりとめのない内容からだ。

 実際にお腹が空いているのは事実だしね。


「うん。お腹空いた」


「レッドちゃんの料理楽しみだね」


 アリアとフレイヤの返事は、どことなくぎこちない。

 そうだね。と僕も適当に相槌を打ちながら会話を続けてみるけど、中々続かない。

 そんな風に会話をする僕らを、リンが困惑の表情を浮かべながらチラチラと見ている。


 僕らがぎこちない会話をする理由も、サラが黙りこんでる理由も分かっているから、精神的に板挟みになっているのだろう。口を開いて会話に混ざろうとしては辞めてを繰り返している姿は、ちょっと可哀想になってくる。

 何か気の利いた言葉の一つや二つ言えれば良いんだけど……だめだ、何も思い浮かばない。

 結局、サラとリンは何も言わずじまいだった。



 ☆ ☆ ☆



 孤児院に戻ってきた。

 日が完全に沈み、辺りはもう真っ暗だ。

 街から少し離れた位置にある孤児院、そこから漏れる灯りだけが見える。


 孤児院の灯りを頼りに、周囲を見渡してみる。

 街中でもそうだったけど、どうやらこの辺りも死体は片付けられているようだ。

 とはいえ血を洗い流したりはしてないし、細かい肉片とかは回収しきれてない可能性があるだろう。

 そんな物を食事前に見て気分が良いものでもないし、さっさと孤児院に入ろう。

 うん。そうしよう。


 入ろうとして、ドアの前で立ち止まる。中でレッドさんはどうしているだろうか?

 まだ泣いているのだろうか?


 どう接すれば良いか、なんて声をかければ良いか思い浮かばない。

 立ち止まった僕に対しサラ達が何も言ってこないのは、多分同じ事を考えているからだろう。

 ドアの前で一度深呼吸をして、僕は意を決してドアを開けた。


「あっ、お帰り。思ったよりも時間かかったんだね」


「えっ。あっ、はい」


 レッドさんの声色は明るかった。

 その明るさが予想外で、つい返事がどもってしまう。

 いや……昼間の時のように痩せ我慢をしてるだけかもしれないな。


「皆疲れたでしょう? 今からお風呂の準備するから先に入っちゃいなよ。その間にご飯の用意しとくから」


 そう言って風呂場へと向かって行くレッドさん。

 すぐに鼻歌と、浴槽にお湯を入れる音がしてきた。


「えっと、レッドちゃんはもう元気になったのかな?」


「多分、違うと思うよ」


 僕はテーブルを指さす。指さした先を見てフレイヤの顔が引きつった。

 テーブルには、色とりどりの料理が大量に並べられていた。とても僕らだけでは食べきれない量だ。


 もしかしたら、他の子達がお腹を空かして帰ってくるかもしれない。

 そんな事は彼女自身もありえないと分かっているだろう。

 それでもそんな『もしかしたら』を期待してしまうのは、仕方がない事なのかもしれない。


 当たり前の日常が、唐突に終わりを告げられたんだ。キバさんが殺され、他の子達は攫われた。

 それを受け入れ、心の整理をするには時間がかかるだろう。しかし、当面の問題は。


「この量は流石に。アリアなら全部食べきれる?」


「無理」


 ですよね。

 2人分くらいならいけるだろうけど、3ー4人分を1人で平らげるのは無理だろう。

 

「そろそろお風呂の準備が出来る頃だと思うし、皆は先にお風呂に入ってきなよ」


「じゃあ、エルクも一緒に……」


「僕はレッドさんと調理器具の後片付けをしてから入るよ」


 アリアが「一緒に入ろう」と言い出すのを強引に遮る。

 今のサラにツッコミは期待できそうにない。そんな状況で下手な断り方をしたら、アリアの「なんで?」ループが炸裂しかねない。

 サラ達はお風呂場へ向かい、彼女達と入れ替わる形でレッドさんが戻ってきた。

 

「えっと、料理ちょっと作りすぎちゃったかな」


 戻ってきたレッドさんが、目をそらしながら苦笑いを浮かべる。

 ちょっとどころじゃない。

 突っ込みたい所ではあるけど、今の彼女にそれを言うのは酷だろう。


「そうですね。食べきれないと思うので、傷みにくい物は明日食べる分にして分けておきましょうか」


「うん。そうだね」


 それに、と言いかけてレッドさんは言葉を止め俯いた。

 他の子達がお腹を空かせて帰ってくるかもしれない。そう言おうとしたのだろう。

 僕は彼女の前に立ち、少ししゃがんで目線を合わせる。


「もしかしたら、ビアード君達がお腹を空かせて帰ってくるかもしれませんし、今の内に彼らの好物を優先的に分けておきましょうか」


 そう言って頭を撫でる。

 レッドさんはおずおずと顔を上げ僕の目を見て、次第に笑顔が戻ってきた。


「うん。エルク、お皿を出すから手伝ってよ」


「わかりました」


 一緒に料理を取り分ける間、彼女はずっとビアード君達が何が好きで何が嫌いか、僕に語り続けていた。

 嬉しそうに、時折苦笑を浮かべたりしながら。正直、見ていて心が痛む。


 僕の対応は問題の先延ばしで、彼女の為にはならない。むしろ先延ばしにした分だけ、彼女の心の傷が深くなるかもしれない。

 ありえない希望にすがれば、それだけ絶望も大きくなる。

 ……最低だな僕は。



 そんな気持ちを悟られないようにと、必死に笑顔を作り、相槌を打つのが精一杯だった。

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