第8話「本当の気持ち」
キバさんの死を伝えられ、しばらくは興奮気味に兵士さんに詰め寄っていたレッドさんだけど、時間が経つに連れて少し落ち着いてきたようだ。
「キバの死体は損傷が激しい。見ない方が良いとは思うが、レッドお前さんはどうしたい?」
「見る!」
力強く答えたレッドさんに対し、兵士さんは「わかった。案内する」と言って歩き出し、そして振り返った。
「レッド。すまないが旅の者達も一緒に連れて行きたいのだが、宜しいか?」
「うん。良いよ。でもなんで?」
えっ? 僕たちも行くの?
「騒ぎが収まったとは言え、まだ混乱している者もいる。彼らだけで居るといらぬ誤解を招くとも限らん」
あぁ、そうか。
僕らだけでいたら、街を襲った連中と間違われる可能性もあるか。
「旅の者、宜しいか?」
「わかりました。ついて行きます」
ここに残っても、何も出来る事は無い。
それに変に誤解されてはたまらない。僕らは兵士さんの後をついて行くことにした。
☆ ☆ ☆
山を削った街。その東側にある郊外に出ると大きな建物がいくつも立ち並んでいる。
仕事をするためのエリアらしい。
採掘場や飛空船を建設する為の工場。他にも日用品から加工品まで大抵はここで作られていると兵士さんが教えてくれた。
今僕らが向かっているのは、その反対側である西側の郊外で、学業の為のエリアだ。
僕の前を歩くレッドさんは、サラ達と仲良くお喋りをしながら、兵士さんの後についていっている。聞こえてくる内容は、キバさんの昔話のようだ。
レッドさんは、笑いながら話している。
「レッドさんは強いな」
「そうですか? リンには、そうは見えないです」
返事を期待せず呟いたつもりだけど、答えが返って来た。
大切な人を失って辛いはずなのに、攫われた兄弟の為に気丈に振る舞う姿は、僕から見たら強いと思うけど。
リンにはどう見えるのかと聞こうとして、サラ達の足が止まったのが見えた。
どうやら目的地に着いたようだ。
僕らを連れて来たドワーフの兵士に気づき、数人の兵士たちがこちらへ来た。
彼らは「お疲れ様です!」と言った後に、何やら報告をしている。
報告を受けて、指示を出しているあたり、僕らを連れて来たドワーフの兵士は位が高いようだ。
一通り報告が終わったようで「ところで」と言いながら、僕らに対し敵意を向けて来る。まるで親の仇を見るような目だ。
「彼らは旅の者だ。レッドの客人で、騒ぎを聞きつけ手を貸してくれたのだよ」
「はぁ……」
半信半疑の様子だ。
その態度に不快を感じるが、それだけの事があったのだから仕方がないか。
ここで僕らが不快をあらわにすれば、拗れるだけだ。我慢我慢。
サラが怒り出さないか不安だったけど、場をわきまえてくれているようだ。レッドさんの事もあるからだろう。
兵士達に案内されるままに着いて行く。学業を納めるための場所は、僕らが通っていた学園に似ている。ただ広さ的には数倍あるだろう。
建物に向かう途中の道には、街と比べると比較的緑が多い。
道を少し逸れると木々が多過ぎず、少な過ぎずの、子供達が走り回って遊ぶには丁度良い感じに立ち並んでいる。
兵士達が木々の間を抜け、その途中で足を止める。何かが白い布が被せられている。
キバさんの死体だろう……。
「覚悟は良いか?」
「大丈夫」
そう言って、レッドさんは白い布の所まで歩いていく。
しゃがみこみ、一度大きく深呼吸をしてから、布をめくった。
そこには、キバさんだった"モノ"が横たわっていた。
顔はパンパンに腫れ傷だらけだ。辺りには歯が散らばっている。最後の最後まで彼が抵抗した跡だろう。
首に空いた穴。多分、トドメは刃物で喉を斬られたのだろう。
数時間前までは一緒に話していたはずなのに。
僕は彼と最後に、何を話していたっけ?
朝食の準備で相変わらず際どい格好をしたレッドさんが、僕らをからかってきて……。
一瞬、朝の景色が脳裏に浮かんだ。
だけどその景色に居るキバさんは、顔が腫れ上がり、首には穴が空き血を流し、それなのに笑っていた。
耐えきれず、その場で吐いた。
吐瀉物の中に朝食だった物が混ざっているのが見える。
そんな僕を心配してくれる声はない。いや、それどころじゃないからか。
「イヤ……イヤァァァァァァァァァァ!」
フレイヤの絶叫だ。キバさんの姿を見て、パニックを起こした。
ガタガタと震え、半狂乱になって叫んでいる。
「ちょ、ちょっと、フレイヤ。アンタ落ち着きなさい」
「なんで? なんで落ち着いてられるの!? だってキバ君が、キバ君が!」
「いや……そうだけど、レッドがまだ見てるのに失礼でしょ」
フレイヤの反応に、サラもおろおろしているようだ。
実際サラも冷静でいるわけじゃない。気丈に振る舞っているだけだろう。
サラ目の端には涙が浮かんでいるが、それを気にしてあげる余裕なんてない。
僕だって自分の事でいっぱいいっぱいだった。
だからと言って、フレイヤをこのままにしておくわけにもいかない。
どう声をかけるべきか悩んでいる僕とサラの代わりに動いたのは、リンだった。
「アリア」
「なに?」
「フレイヤをぎゅっとしてあげるです」
「うん。でもエルクとかじゃなくて良いの?」
「エルクは吐瀉物が服に付いてばっちぃです。リンも返り血でいっぱいです。それに……」
「それに?」
「アリアも泣いてるです。そういう時は人肌が恋しいものです」
「……うん」
無表情で涙を流すアリア。
リンに促されてフレイヤを抱きしめると、アリアは声を出して泣き始めた。
普段から言葉が少なく、あまり感情を出さないアリアが声を出して泣いている。
同じ孤児だから、僕たち以上に思うものがあったのだろう。
僕らの中で1番辛いのはアリアかもしれない。リンはそれに気づいていたのか。
そっとリンの頭に手を置き、優しく撫でる。
「リンは優しいね」
「本当に優しいのは、今泣いてる人だと思うです」
「……そんな事ないよ」
そうやって気遣えるのも、立派な優しさだ。
「それより、レッドの心配をした方がいいと思うです」
レッドさんか、それは大丈夫だと思う
彼女は強い。
「もしレッドを強いと思っているなら、それは大間違いです」
リンはそう言うと、僕の背中を押した。行って来いということか。
一旦口を拭ってから、レッドさんの所まで移動する。
僕の足音に気づき、レッドさんが振り返った。目には大粒の涙を浮かべ。
「ねぇ。これ冗談だよね? 良く出来た作り物なんでしょ? 普段からボクがキバをからかってるから、その仕返しなんだよね?」
「いえ……」
「お願いだよ。嘘だって言ってよ。謝るからさ。今までからかっててごめんねって謝るから、これはタチの悪い冗談だって言ってよ!」
僕は何を勘違いしていたんだ。
普通に考えれば、血が繋がっていないとは言え家族が亡くなって、冷静でいられるわけがない。
彼女は必死に否定していたんだ。現実を。
普段キバさんをからかっている自分に対し、手の込んだドッキリだと自分に思い込ませていたのだろう。
現場に着いたら皆が居て、「ドッキリでした」と言われ、頰を掻いて「まいったな、すっかり騙されちゃったよ」なんて笑って言うつもりだったのだろう。
だけど、現実は……
キバさんの遺体に縋り付き、繰り返し「なんでだよ」と言って泣いているレッドさんを、僕はただ眺める事しか出来なかった。
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