第7話「鎮圧」

 アリアが無表情で「どうしたの?」と言いたげな顔をしているのに気づき、ハッとなった。

 殺し合いで人が死んだ。その事で僕は動揺していた。

 頭を切り替えろ。今は皆が無事に生き残ることに専念しろ。

 

「隊長がやられたぞ。逃げろ!!!!」


 隊長?

 坂の方から声が聞こえた。先程気絶させた連中だ。

 どうやら彼らは僕らに襲いかからず様子を見ていたようだ。今まで気絶したふりでもしていたのだろう。

 もしくは本当に気絶していて、途中で気がついたのかもしれないな。

 そんな彼らを追いかけようとするアリアを止める。

 

「逃がさない」


「待って。下手に深追いしない方がいい」


 走り出そうとしたアリアがピタっと止まり、僕を見つめる。

 下手に深追いをして待ち伏せをされていては厄介だ。


「待ち伏せをしていたり罠の可能性もある。1人で行くのは危険だ」


「わかった」


 納得してくれたようで、アリアはコクンと頷いた。


「それより皆無事? ケガはない?」


「大丈夫だけど……」


 レッドさんが何か言いたげだ。

 僕らは皆無事だった。でも、黒装束の男達はそうではないようだ。

 サラ達が相手をした5人の男達は絶命していた。確実にトドメを刺すために、全員首を落とされている。

 一瞬血に染まったリンを見てギョッとしたが、ケガがないところを見ると、首を切り落とした時についた返り血だろう。

 サラ達の判断は正しい。自分たちを殺そうとしてきた相手なんだ。生ぬるい事を言ってたら、逆に殺されかねない。

 僕は出来れば殺したくない。でもそれを彼女達に強要するつもりはない。むしろ「なんで殺さないんだ」と僕が非難されるべきだと思う。

 だというのに、誰も何も言わない。アリアともかく、一番に非難してきそうなサラが何も言わずに、口をへの字にしながら僕を見ているだけだ。


「ど、どうする?」


 空気に耐えかねたフレイヤが、僕に尋ねた。


「そうだね。街中ではまだ彼らの仲間が暴れている。街の人たちを助けに行きたいけど……」


 そう言って僕はレッドさんを見た。

 彼女を連れて行くのは危険だろう。しかし、また彼らが襲って来ないとはかぎらないから、この場に1人置いていくわけにもいかないな。

 誰かレッドさんの護衛として一緒に残ってもらおう。


「アリアかサラ。どっちかレッドさんと一緒にここに残ってもらえる?」


 レッドさんが僕を見て首を横に振った。


「いや。ボクも付いて行く」


「ついていくって。危ないですよ」


「街にはキバ達が居るんだ。お願いだからボクも連れてって」


「でも……」


「ボクを守るためにここに残るぐらいなら、ボクも一緒に行って戦ってもらった方が良いでしょ? それに僕がいた方が道案内できるから便利だと思うよ?」


 危ないからダメだ。そう言い聞かせようとした僕を止めたのは、アリアだった。


「エルク。レッドも連れてって」


 アリアはいつもの無表情で僕を見ている。


「私が守るから……それとも、私じゃ不安?」


 そんな事言われたら、断れないよ。


「わかった。それじゃあレッドさん、道案内をお願いしても良いですか?」


「うん。任せて!」


「街の中心部が特に酷いね。まずはそこへ向かおうか」


 僕らはレッドさんの案内について行った。

 アリアとレッドさんが先導し、目に付いた相手をサラとフレイヤが遠距離から魔法で、残った相手を僕、アリア、リンで叩いていく。

 幸いにして、隊長と呼ばれたリーダー格クラスの相手は居ない。たまに魔法に対し反応出来る人もいるが、魔法に対応した隙にアリアにバッサリ斬られている。


 ここでやっとアインの兵士達が来たようだ。ゾロゾロと甲冑を来たドワーフ族やホビット族達。彼らは僕らを見て武器を構えるが、レッドさんが「敵じゃない」と言うと、即座に武器を降ろしてくれた。


「すまない。旅の者、緊急事態ゆえに、手を貸していただけるか?」


「はい。僕らはこのまま街の中心部の鎮圧に向かうつもりです」


「ふむ、だが中心部は今一番酷い状況になっているぞ?」


「僕ら、腕には自信があるので大丈夫です」


「ううむ。旅の者に頼むのは心苦しいが、ここは甘えさせて頂こう。では隊の半分を同行させよう」


 兵士が指示を出し、それぞれ散開して行った。残った兵士は僕らについてくる人達だろう。

 僕らは中心部に向かって走り出した。


 村の中心部に近づくにつれ、戦闘回数は増えていく。


「旅の者。道中魔法で倒せなかった連中は、我らが請け負います」


「旅の者たちは、そのまま突っ切ってください」


 正直それはありがたいけど、良いのだろうか?


「悔しいが、我々よりも貴方達の方が強い」


「自分達の街は自分の手で守りたい。ですが今はそんなこと言ってられる状況じゃありません」


「わかりました」


 ここは彼らの言葉に甘えて、僕らは中心部へ急ごう。



 ☆ ☆ ☆ 



 中心部に辿り着き、目に付く黒装束の人族や獣族を片っ端に倒していく。

 初めは僕らに対し数の差で余裕を見せていたが、1人また1人と倒れていくと次第に余裕が消え、逆に混乱していた街の人たちが落ち着きを見せ始めた。

 誰からだっただろうか。街の人が黒装束の男にフライパンで襲い掛かると、今度は街の人達が黒装束に襲いかかり、形勢が逆転し始めた。

 その後、遅れて来たアインの兵士達も加わって、騒ぎは沈静化へと向かった。


「リン。この辺りはもう敵は居なさそう?」


「はい。『気配察知』に反応はないです」


「そっか。ありがとう」


 暴れていた連中は撤退したみたいだ。とはいえ一応警戒はしておいた方が良さそうだ。

 お礼にリンの頭を撫でようとして、一旦手を止める。

 リンはトドメを刺したりして、全身が返り血だらけになっている。

 本人は気にしていないみたいだけど、せっかくの可愛い顔が台無しだ。せめて顔と髪だけでも拭いてあげよう。

 ハンカチを取り出し、リンの顔を拭く。リンは立ったまま素直に拭かれてくれた。


「エルクは、まだ怖いですか?」


「えっ」 


 一瞬手が止まる。

 そんな僕を、リンは上目遣いで見ていた。

 頑張って気にしていないふりをしてみたけど、リンにはバレバレだったか。

 ここで強がっても仕方がないな。本当の事を言おう。


「うん。怖いよ」


「それは殺される事が、ですか?」


「殺す事も、殺される事もかな。もしかしたら殺されるかもしれないっていうのに、結局僕は誰も殺せなかった。情けないよね」


 自虐気味に笑いながら口に出すと、余計惨めに思えた。

 彼女達は生きる為に手を汚したのに、自分は手も汚さず綺麗事を言ってるのだから。情けない。


「リンは、エルクはそれで良いと思うです」


「えっ?」


「アリアはそんなエルクだから好きになったわけです。サラだってエルクがそういう人間だって分かってるから、もう文句だって言わないはずです」


 リンはその後に「フレイヤはパーだから、何考えてるかわからないですけど」と付け足た。


「ネガネガしてるエルクの相手はしたくないので、フレイヤと鎮火作業の手伝いに行ってくるです」


 僕はリンを見送った。またリンに励まされてしまったな。

 しかし、「フレイヤはパーだから」はちょっと言い過ぎじゃないかな?



 ☆ ☆ ☆

 


 アリアはレッドさんに付き添い、孤児院の皆を見かけなかったか聞いて回っている。

 サラは、鎮火の様子を眺めているだけで、特に何かしているわけじゃなさそうだ。

 一応さっきの事でサラと話しておいた方が良いかな、僕が殺そうとしなかった事を快く思ってないだろうし。


「あのさ」


「なに?」


「さっき、僕は殺せなかった。彼らを殺すのが怖いと思ったんだ」


「そう。なら別に良いんじゃない?」


「えっ?」


 予想外の言葉に、変な声が出た。

 

「今のアンタは強いわ。認めたくないけど私よりも強い。4人相手に殺さないように立ち回って無傷で勝てるくらいだもの」


 サラより強いは言い過ぎな気がするけど。


「殺したくなくて殺さないで済むなら、それで良いわ。それをするだけの力があるんだから」


「あ……うん……」


「ったく、何しみったれた顔してるのよ。褒めてるんだから少しは嬉しそうな顔をしなさい」


 そう言って、サラは僕の頭に手を置いて、撫でた。


「なんで僕が頭撫でられてるの?」


「いつもアンタがやってるからよ。どう? 気分は?」


「すごく、恥ずかしいです」


「わかったら他の人にやる時は、もうちょっと考えてやる事ね」


 そう言って、サラの撫でる手が止まった。

 僕の頭のてっぺんを見て「うむむ」と呟いてる。


「って、アンタまたでかくなってるでしょ? 手が置きにくいから少しかがみなさいよ」


 あまり気にしたことがないから、自分ではわからないけど、サラが手をおきにくくなる程度には僕の身長が伸びてるのだろう。確かに少し前までは同じくらいだった気がする。

 仕方がない。少ししゃがんで素直に撫でられてみる。

 しばらくすると後ろから腰のあたりをツンツンと誰かに突かれている。これはリンだな。多分僕らをからかうつもりか。

 そう思って振り返ると、そこには甲冑を身に纏ったドワーフの男性が居た。先程隊を仕切っていた人だ。

 彼は僕にやや呆れ気味の声で言った。


「すまない。話があるのでレッドも呼んできてもらえるか?」


「あっ、はい」


 僕はアリア達を呼んだ。


「それで、話というのは?」


「ふむ。それなのだが……」


 ドワーフの兵士は立派な白髭をさすりながら、レッドさんをチラチラと見ている。

 凄く、嫌な予感がした。


「すまない。ビアード、チョロ、アクアの3人が先程の混乱で攫われた」


「攫われたって、どういう事だよ!?」


 たまらずドワーフの兵士に詰め寄るレッドさんに対し、彼は申し訳なさそうな顔をして言った。


「我々も攫った奴らを追ってみたのだが、既に姿が無くてな」


「既にいなかったという事は、攫う現場は見てないという事ですか?」

 

「あぁ。キバに聞いてな……」


 彼の視線が下がった。


「そうだ! キバはどこ? 攫われてたならキバは何してたんだよ!」


「……彼は最後まで勇敢だった」


「最後まで……ちょっと待って、それってどういう事だよ!」


「我々が駆けつけた頃には、彼は既にボロボロでな」


「待ってよ。どういう事かちゃんと説明してよ!」


「キバは最後まで抵抗したそうだ。兄弟を助けるために」


 一息ついて、彼は絞り出すように静かな声で言った。


「キバは最後まで勇敢に戦い……そして亡くなった」

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