第6話「戦闘」

 街は一瞬で混乱状態に陥った。


 僕らは街のはずれにある孤児院だったために難を逃れたが、街の中心部は悲惨な状況だ。

 人々は悲鳴や叫び声を上げ、右へ左へと逃げ惑うが、逃げた先でまた爆発が起こり、来た道を引き返したりしている内にあちこちで渋滞が発生し、身動きが取れなくなっている。

 混乱しているせいで、無意識的に人が多いところに集まってしまうからだろう。明らかに人混みで動けなくなっている場所に、次々と人が押し寄せてしまっている。


「これは一体?」


「ねぇレッド。これって街のお祭りとかじゃないわよね?」


「お祭りって、そんなわけないだろ!」 


 レッドさんが「何を言ってるんだ」と言わんばかりの顔をしている。

 別にサラは茶化してるわけでも、冗談を言ってるわけでもない。そうであって欲しいと思っての発言だろう。僕だってこれが何かお祭りのようなものだったらと思いたい気持ちはある。 


「エルク。あれ」


 アリアが指差す。

 指差した先には、全身黒い服に黒いマスクを被った集団がいた。

 ドワーフやホビット族と比べ明らかに身長が高い。人族か獣人族だろう。


 彼らは混乱に乗じて家に侵入したり、街の人を襲い金品を強奪しようとしている。

 中には子供を攫おうとするものまでいる始末だ。


「自警団みたいなのは無いのですか?」


 ドワーフ族やホビット族で戦っている人も見かけるが、手にはハンマーだったり包丁だったりで、明らかに戦闘慣れしていない一般人ばかりだ。

 駐在らしき人も居るが、いかんせん多数に無勢だ。数の暴力の前ではすぐに押し切られてしまう。


「あるにはあるけど。戦う訓練をしたなんて聞いたことないから無理だよ」


 モンスターもほとんどいないから、戦う事なんて想定していない。平和だからこそ起こる弊害か。

 

「助けに行こう!」


 どうしてわざわざアインで強盗を働くのか、あれだけの集団の人族がどこに隠れていたのか、気になる点は考え出したらキリがない。なので考えるのは一旦保留しよう。

 逃げ惑う人々を助け、襲ってる連中を捕らえて理由を吐かせれば良い。


「エルク、こっちにも向かって来てるです」


 リンの視線の先に目を向けると、黒装束の集団が剣を抜いてこちらに走って来るのが見えた。

 迎撃態勢のために剣を抜くけど、相手はモンスターじゃなく人だ。戦えるのか?

 

「エルク?」


 僕らの前にアリアが出た。

 剣と盾を構え、いつもの無表情で「どうしたの?」と言いたげに僕をチラリと見た。


 僕の気持ちが完全に萎縮してしまっているのを、アリアは気づいているようだ。

 いけないな。僕はパーティのリーダーだし、男だ。恐怖はあるけど、せめて強がってみせるさ。


「アリア、大丈夫だから前を見て。よそ見してる暇はないよ」


「うん」


 向かってくる集団は、結構数が多いな。


「サラ、フレイヤ。適当に魔法を打ち込んで数を減らしてくれる?」


「わかったわ」


「うん」


 わざわざ立ったまま、相手が来るのを待つつもりは無い。先手必勝だ。


中級火魔法ファイヤウォール!」


初級土魔法ストーンボルト!」


 サラが一本道の坂に炎の壁を作り出し、集団の足が止まったところにフレイヤのストーンボルトの石つぶてが飛んでいく。

 普通は指先程度の大きさしかないストーンボルトが、拳大のサイズになっている上に、炎の壁で視認性が悪く避けれないようだ。

 ストーンボルトが飛んでいくたびに、「ゴツっ」という鈍い音とともに「ドサッ」と何かが倒れる音が聞こえてくる。

 向こうからこちらがよく見えないように、こちらからも向こうがよく見えないのでどうなっているのかわからないが、怒声がだんだん小さくなっているのを聞く限り効果は抜群だと思う。


「お前たちは退いていろ」


 男の声が聞こえたが、サラ達は構わずに魔法を打ち続けている。


「エルク君見て見て。次はこれをドーンってやるよ」


 フレイヤが腕を上げ、嬉しそうに笑いながら作り出したストーンウォールは、平気で大人を4、5人は押しつぶせれそうなサイズだった。

 炎の壁越しに悲鳴が聞こえてくる。彼らは自分達の上にバカでかい石の壁が現れたんだから当然の反応だ。


「ドーン」


 フレイヤが腕を下ろすとストーンウォールは落ちていった。

 轟音と共に砂煙が舞い上がる。これは確実に何人か死んだな……

 

「思った以上にやるようだ」


 砂塵の中から剣を構えた男が出てきた。

 その様子に、サラが驚いた声をあげた。


「うそっ!?」


 サラが驚くのも無理はない。

 石の壁はバラバラに砕かれ、サラのファイヤウォールもかき消されている。


初級土魔法ストーンボルト!」


 驚き停止していた僕らの中で、一人だけ空気を読まずに尚も魔法を打ち続けるフレイヤ。

 ヒュンヒュンと風切り音を上げ、ストーンボルトが男に向かって飛んでいくが、男が剣を振るうたびに砕かれ、パラパラと地面に落ちていく。

 

「うぜぇ!」


 なおも追撃しようとするフレイヤを標的に決めたのだろう。男の姿が消えた。

 そして、ガキンと言う音と共に、僕らの目の前で男とアリアが吹き飛んでいた。

 瞬歩でフレイヤに近づこうとした男の前に、アリアが割り込んだのだ。

 

「チッ。俺はこいつをやる。お前らはせめて邪魔が入らないよう、他を相手しやがれ」


「了解しました!」


 男の後ろから、同じような格好の男達がぞろぞろと出て、僕らはあっという間に左右を取り囲まれた。

 アリアはリーダー格の男と間合いを計らっている。当たり前だが援護は期待できない。


「リンはフレイヤさんのそばに居てあげて」


「わかったです」


「サラはレッドさんの側で守ってあげてほしい」


 フレイヤに遠距離から攻撃してもらい、その邪魔をするために近づいてくる奴をリンが護衛する。リンじゃ相手が2人以上は厳しいので、自ら相手に向かうよりフレイヤのサポートとしておいた方が無難だ。

 サラは遠近どちらもいけるオールラウンダーだから、下手にサポートするよりも一人で戦わせた方が良いだろう。


「ふぅ」


 軽く一息、落ち着け。落ち着け僕。

 相手は人だけど、今までアリア達と何度も訓練してきたんだ。人と戦うのは別にこれが初めてじゃない。

 僕らの前で、アリアと今も剣戟を繰り返している男と比べれば、コイツらは多分格下だ。

 僕の右側に黒い格好の男達が5人。そいつらに対峙するリンとフレイヤ。その少し後ろにサラとレッドさんがいる。

 そして左側には男が4人か。


「サラ達は右側の相手をお願い」


「無茶するつもりじゃないわよね?」


「うん。ちゃんと考えてるから大丈夫」


「わかったわ」


 リンとフレイヤは返事する余裕すらないようだ。

 とりあえず左側の4人組を片付けるかな。


「おい、ボウズ1人で俺たちの相手をするつもりか?」


「女はさらうが、男は殺しても良いんだったよな」


 自分たちの優位を確信しているからか、明らかに油断している。正直ありがたい。

 右半身を前に出し右手を上げる、左手は相手に見えないようにこっそりファイヤブランドに触れながら。


「サラマンダーよ、我が腕を弓にせん。初級火魔法ファイヤボルト!」


 小さな一本の炎の矢が、火の粉を上げながら男に向かって飛んでいき、着弾した。

 もちろん、それで倒せるほどの威力なんて無い。男が「熱ッ」と言って燃えた部分を叩くと、火はすぐに消化された。


「こいつ、自信が有るような振る舞いをしてると思ったら魔術師か」


「魔術師って奴は、なんでこうも高飛車な性格が多いんだろうな。やっちまえ!」


 男4人が同時に僕に向かって駆け出してきた。

 今ので、相手はあのレベルのファイヤボルトを防ぐ事も避ける事も出来ないくらいの実力という事と、僕を魔術師と見て油断してくれているのは分かった。

 ファイヤブランドから手を離し、混沌を発動させる。


 まずは軽くステップをする。軽いステップだが混沌で身体能力が強化されてるので、瞬歩のような速度で動ける。真ん中に居る男の元へ一瞬で間合いを詰め、みぞおちに拳を叩きつけた。

 予想外だったのだろう、近くにいたもう1人の男は「えっ」という顔をしている。その隙に空いてる左手で裏拳をお見舞い。見事顎にヒットし、男はそのまま倒れた。


「うああああああああああ」


 残りの2人は叫びながら、左右から挟み撃ちをかけてくる。最初に殴った男ががくりと僕にもたれかかっているので、持ち上げてそのまま投げつけた。

 軽く投げたつもりだけど、思った以上に威力が出ていた。当たって転べばラッキー程度のつもりなのに、投げた男とそれにぶつかった男が壁まで飛んでいき激突。


「がはっ……」


 死んで無いよね?

 命を狙われてるとはいえ、それでも出来れば人を殺したくは無い。一応後で確認しておくか。


 残りの1人は完全に戦意が消失していた。

 武器を捨て、そのまま背中を向けて逃走。

 アリアの横を抜け、リーダー格の男の横も抜け脇目も振らずに走っていく。


「おいっ!」


 リーダー格の男が、逃げ出した男に注意が逸れた次の瞬間。


「ハァッ!」 


 アリアの剣が、リーダー格の男を真っ二つにした。

 アリアの剣は左の肩口から入り右の脇腹から抜けていた。瞬戟が決まり一瞬だった。


 上半身がずるりと落ちると、男はか細い声で「あーあ、やっちまった」とだけ言って絶命した。

 アリアは男を一瞥しただけで、特に何も感じた様子がなかった。


 それを見て僕だけが震えていた。

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