第3話「工業国家アイン」

 工業国家アイン–首都アルヴ–


 飛空船を降りた僕らは、遠巻きに街の様子を窺った。

 ドワーフとホビットが住まうこの国では、鍛治が盛んらしく、鉄を叩くような甲高い音があちらこちらから響いてくる。

 ここは元々は山岳地帯だったそうで、街全体の高低差が激しい。

 斜面に沿って、家らしきものが建ち並んでいる。

 なぜ家ではなく、家らしきものかって?


 高低差が激しいので、歩きやすくするための坂道がいくつも作られているのだが、その坂に沿った壁に扉があったりするのだ。

 遠目から人が出入りしている様子が見えることから、家らしき建物の下にある、むき出しの地面が入り口になっているようだ。

 高低差があるから入るのがめんどくさいのはわかるけど、それなら階段を用意しようよと思わなくもない。

 とはいえ、それくらいなら、普通の山岳都市とあまり大差がない。


 この街の最大の特徴は、家から建ち昇る煙だ。

 大小の違いはあるが、どこの家からも筒のようなものが生えており、モクモクと白と黒の混ざった煙が出ている。

 どの家からも煙が出ているせいで、街の空には煙が舞い、昼間だというのに薄暗い。

 

「あの煙、何かしら?」


 サラは飛空船から降りたおかげか、周りの景色を気に出来る程度には回復していた。


「さぁ? なんでしょう?」


 僕らは街のあちこちから登る煙を見た。

 別にアインのことを調べずに来たわけではない。むしろ調べた方だと思う。

 しかし有効な情報は何も得られず、イリスで情報を色々教えてくれた屋台のおじさんも「アインは便利なものが多くて良い所だから住みたい」と行ったことある人が語ってた程度しか知らないと言っていた。

 住みたいと言えるほど良い場所なのだから、アインに来た人達は戻る事なく永住しているのかもしれない。なので情報が流れてこないのかもしれない。


「街全体が火事とか?」


「それはないです。誰も慌ててる様子がないから、きっとこれが普通の光景だと思うです」


 アリアの物騒な発言に対し、リンが冷静に突っ込む。

 実際街の人たちは誰一人慌てる様子もない。リンが言ったように、この光景が街に住む人たちの日常なのだろう。


「まぁなんでも良いわ。早く街まで行きましょう」


「そうだね」


 ここでグズグズしていても仕方がない、それに気になるなら街の人に聞けば良いだけだ。

 まずは街に行って、拠点となる宿探しだ。 



 ☆ ☆ ☆



 先ほど遠くからみた街の印象は、男性が多い街だった。

 だけど、街に近づくに従ってそれは間違いだったことに気付かされた。

 男性が多いのではなく、女性もドワーフの男性のような白い立派なヒゲを生やしていたから、僕が勝手に男性と見間違えていただけだ。

 ドワーフ族は男女ともに立派なヒゲを生えるのだとか。ちなみに後から知ったことだけど、ドワーフ族はヒゲが美しい程、同種族の異性からモテるらしい。


 そしてドワーフ族と同じくらいの身長だけど、ガッチリした体型のドワーフと違い、パッと見ではただの子供にしか見えないホビット族。

 とはいえ身長が低いだけで、成人している人はちゃんと大人っぽい顔つきをしている。

 いけないと分かっていても、珍しさからついついドワーフ族やホビット族に目が行ってしまう。

 向こうからも僕らが珍しいのかチラチラと見られることが多い。


 街中まで来た。

 行き交う人々はドワーフ族やホビット族ばかりで、人族や獣人族は見かけないな。

 他の種族が居ないのは気になる所だけど、まずは活動拠点にするために、宿を見つける事が先決か。


 僕らは宿を探して歩いた。

 う〜ん。ヴェルからイリスに移動した時は国が違っても、店の外観は似たような感じで一目でどんな店か分かったのに対し、アインではそれが通じない。

 数が多くて、似たような家が民家だと分かる程度だ。

 不意に、後ろから袖を掴まれた。


「お腹空いた」


 振り返るとアリアが無表情でお腹を押さえている。

 相変わらずのマイペースさだと言いたいところだけど、実のところ僕もお腹が空いてきている。


「私もお腹空いた」


「あんたらねぇ」


 アリアに同調するように、フレイヤもお腹が空いたと言いだしたことに、サラが小言を言おうとした時だった。「きゅるる」と可愛いらしい音がなった。サラのお腹の中から。

 サラは苦笑いを浮かべ、頰をぽりぽりと掻いてバツの悪そうな顔をしている。

 飛空船にいる間、サラは果実や野菜をすり潰した物しか口にしていない。

 調子を取り戻したことで、やっと食欲も戻ってきたのだろう。

 仕方ない、ここは助け舟を出すか。


「確かにアリアが言うようにお腹が空いたね。リンは?」


「リンもお腹が空いたです」


「うん。それじゃあお昼にしようか。ほら行くよ」


 皆で決めた事だからしょうがないから従うという体を持たせる。

 サラはちょっとだけ小声で言い訳じみたことを言って、しょうがないんだからと言いたげな顔でついてきた。本当にしょうがないのはどっちだろうね。


「おう。兄ちゃん達、飯がまだならここで食ってかないか?」


 どうやら僕らの目の前の家は料理店だったようだ。

 エプロンを身にまとったドワーフの男性が腕を組んでこちらを見ていた。


「味には自信がある。兄ちゃん達の話を聞きてぇと中の連中がうるせぇんだ。安くしてやるから食って行ってくれよ」


 僕としては断る理由は何もない。

 アリア達も特に断る理由もないのだろう。僕を見て軽く頷いた。


「はい。それではご馳走になります」


 そう言って僕がお店に入ると歓声が沸いた。



 ☆ ☆ ☆



 拍手と歓声の中、僕らは店の奥のテーブルへ案内された。

 店の内装はドワーフ族やホビット族に合わせたサイズだからか、僕からすると一回りも二回りも小さく感じる。天井もいつもより低い。

 全体的に小さいのでリンにはちょうど良いサイズだ。逆にアリアは移動するだけでも四苦八苦している。入り口は屈まないと入れないし、イスも小さくて座りづらそうにしている。まるで子供用のイスに座っている大人だ。

 

 注文する間も無く、質問攻めだった。

 ドワーフ族やホビット族は、僕ら人族に対しフレンドリーに接してくれた。思えば道端で会った人達も僕らを見たりしていたが、嫌悪感ではなく興味だった。

 この様子を見る限りではアルヴなら差別がなく、全ての種族が平等の扱いで暮らせるというのは本当なのかもしれないな。

 まだ様子を見る必要があるけど、治安やモンスターなどの脅威から身を守られ安全が保証されるなら、住んでみたいとは思える。


 次々と料理が運ばれる。誰かが歌い、踊り、気がつけばどんちゃん騒ぎだ。

 最初は引き気味だったサラも、気を良くして魔法を見せると歓声が上がった。

 フレイヤがそれに対抗し、店に迷惑をかけない程度に魔法合戦が始まり、アリアが飲み比べをし始めたりと完全に浮かれている。

 結果、浮かれ過ぎて初日目はそれだけで終わった。

 料理店を後にし、教えてもらった宿に到着したのだが……。


「まじか」


 僕は案内された部屋で、ベッドに座り頭を抱えていた。

 部屋の料金が予想よりもはるかに高かった。

 余裕を持って1ヶ月は滞在できるだけのお金を用意したつもりだったのだが、この金額ではもって2週間くらいだ。

 ほろ酔い気分だったサラも、値段を見て酔いが覚めたのだろう。同じように頭を抱えていた。

 アリア、フレイヤ、リンは酔いと旅の疲れからかもう寝てしまっている。ベッドもドワーフ用だからアリアは凄く窮屈そうに丸まっていた。


「どうしようか……」


「明日、他の宿を探してみるしかないわね」


 もしかしたらここが高級ホテルだった可能性もあるから、次の日に改めてホテルを探そうという運びになった。

 そして翌日。

 僕らは更に頭を抱えた。なんと泊まった宿は別に高級というわけではなかったからだ。むしろ安い方だ。


 問題はそれだけじゃない、アインには冒険者ギルドが存在しない。

 冒険者ギルドがないと言うことは、僕らの収入もない。

 どこか僕らを雇ってくれる所が無いかも探したが、そんな所が都合よくあるわけもなかった。


「どうしようか?」


「どうするって、私に言われても」


 空気がちょっと重い。

 確かに街の人たちは僕らに良くしてくれるが、いかんせん物価が高い。

 いくら住人が優しくて差別をしないと言っても、無銭で飲食や宿泊を許容はしないだろう。

 日も沈み始めた。

 昨日と同じ宿に泊まって、明日も仕事を探すか。それしか方法はないな。


 そう思って宿へ向かってる途中で、僕らの前に一人の少女が立ちはだかった。

 身長はリンよりも一回り小さいが、胸が大きい少女だ。

 夕陽に照らされたツインテールが赤く反射している。

 似たようなことは今日だけで何度もあった、僕らの話が聞きたいと言って寄ってくる人だろう。

 日没まではまだちょっとだけ時間があるし、話をするくらいなら構わないか。もしかしたらお礼に僕らが働ける場所がないか教えてくれる可能性もあるし。


「キミ達、宿に困ってるんだろ? うちに泊まっていかないか?」


 少女の口から出た言葉は、想定のものとは違っていた。

 困惑する僕らに対し、少女は御構い無しに言葉を続ける。


「そうだな。宿泊費はこれくらいでどう?」


 提示された金額は、宿に泊まる半額以下の金額だ。

 金額的には魅力的ではあるが、信用して良いものか……。


「とりあえず見てから決めるわ。それでも良いかしら?」


「あぁ、構わないよ。ついてきな」


 サラが見てから決めるとは言ったものの、正直僕らに選んでいる余裕は無い。

 相当変な場所じゃなければ良いけど。

 不安を感じながら、僕らは少女の後について行った。

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